第38話:兆しと決意
岐阜城に戻った神谷悠真は、すぐに信長の前へと通された。
その顔には、道中の疲労よりも深い焦燥が滲んでいた。
「村は……無事でした。ただ、明らかに“外の者”が干渉している痕跡がありました」
「……外の者、か」
信長は扇を閉じ、しばし黙考した。
その瞳には、何かを確かめるような光が宿っていた。
「敵の姿は見えずとも、風は読める。そなたの言葉には信の芯がある」
「光秀と勝家には動くなと命じてある。今はまだ、こちらから手を出す段ではない」
悠真は一礼し、静かに息を吐いた。
だが、胸の奥には未だざらついた感覚が残っていた。
(あの村……まるで、誰かの“手入れ”を受けたような空気だった)
(ただの偶然じゃない。誰かが歴史の裏側で、静かに“動かしている”)
彼の中に、はっきりとした違和感だけが残された。
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その日の夕刻、悠真は庭の縁台に腰を下ろしていた。
背後から、やわらかな足音が聞こえる。
「神谷様……」
お市だった。
いつものように、静かな佇まいで彼の隣に立つ。
「お怪我、もう……痛まないのですか?」
「ええ。だいぶよくなりました」
「……あの村で、何かあったのですか?」
彼女の声は、まるで真実を知っているかのように深かった。
悠真は少しだけ黙ってから、ぽつりと答えた。
「……人の目に映らないところで、何かが動いてる気がしました」
「たとえば、誰かが“歴史”そのものをいじっているような……そんな感じです」
お市は黙って聞いていた。
そして、ふっと、さみしげな微笑を浮かべた。
「神谷様は……不思議なことを仰る方ですね。でも、そういう方が、私は……好きです」
悠真は驚いてお市を見た。
だが彼女は、それ以上は何も言わず、ただ月を見上げていた。
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その夜、信長の執務室では——
「殿。最近、城下で“意図を感じる兵の動き”があったとの報がありました」
利家の報告に、信長は扇を置き、静かに目を閉じる。
「……まだ“名”も“顔”も見えぬ影だな。だが、確かに風の流れが変わってきている」
「誰かが、裏で何かを仕掛けようとしている」
信長は、机の引き出しから一通の書状を取り出す。
しばらく目を通したのち、それを火鉢にくべた。
紙が焼け落ちる直前、誰にも読まれることのなかった一行——
「加賀美黎士」
その名が、灰の中に消えた。
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その頃、京のとある離れ屋敷。
加賀美黎士は、月明かりの下で巻物を広げていた。
古びた地図の横には、整然と並んだ記録資料と未来の記憶をなぞるメモ。
「“彼”からの報告も、今のところ順調だな」
誰とは言わない。だが加賀美の中では、すべてが計画通りに進んでいた。
信長の行動も、光秀の忠誠心も、悠真の“違和感”すら計算のうち。
「もうすぐだ。この流れが確定すれば、“彼らの理想”も消える」
そして加賀美は、地図の一点を指先で強く押さえた。
——本能寺。
そこが、次の改変点。
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数日後。
神谷悠真は再び、信長のもとへ呼ばれた。
「そなたに、ひとつ命を預けたい」
信長の眼は、揺るぎなかった。
「この先、歴史が揺れるかもしれぬ。だが、そなたには“それを超える役目”があると、儂は思っておる」
悠真は、その言葉の意味を測りかねながらも、深く頭を下げた。
そしてそのとき、彼の胸の奥に、言葉にできないざわめきが走った。
(……何なんだ、この落ち着かなさ。何かが、噛み合ってない気がする)
——ここまで読み進めてくださったお方、まことにありがたき幸せ。
神谷という異邦の若者、そして我らが織田家が歩むこの先には、まだ見ぬ策と剣が待ち受けておろう。
わしにはわからぬことも多い。
だが、あの若者の背に吹く風だけは、何かを変える“兆し”であるような気がしてならぬ。
もしこの物語に心動くところがあったのならば——
ぜひ「評価」や「ブックマーク」、一筆でも「コメント」を残していただければ幸いである。
それが、この物語を紡ぐ“次の一手”となるやもしれぬゆえに。
……では、また戦の続きを共に見届けよう。
──織田家筆頭家老・柴田勝家、かしこみ申し上げ候。




