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第33話:揺れる想い、止まらぬ涙

夜——。


お市様は自室で一人、胸の奥がざわつくのを抑えきれずにいた。


(神谷様が……怪我を……)


侍女から伝え聞いた報せが、頭から離れない。


あの夜、自分を救ってくれた男。

誰よりも人のために動こうとする優しさと、無鉄砲なほどの真っ直ぐさ。


それが今、自分のせいで傷ついたのではないか——


「……私のせい、なのでしょうか……」


ぽつりと、呟いた言葉に侍女が慌てて首を振る。


「お市様……神谷様は、殿のお側で手当を受けておられます。命に別状はないと……」


「でも……」


お市様の視界が滲む。

それは、いつの間にか溢れ出した涙だった。


「……無事で……いてください……」


声に出した瞬間、堰を切ったように涙が頬を伝った。



その頃、大広間——。


信長は勝家と利家を前に、静かに言葉を紡いでいた。


「神谷は、儂にとって……ただの異国の者ではない」


利家が目を細める。


「殿……相当に思い入れを?」


「あやつは、命を賭して儂を庇った。

 それだけで充分だ。名も素性も問うまい」


勝家も頷いた。


「奴の行動、武士としても称賛に値します」


だが——信長はすぐに表情を引き締める。


「加賀美黎士……あやつが背後にいること、もはや疑いはない」


「今後、城の警戒を強化いたします」


「内通者がいると見て動け。奴の動きは読めぬ」



一方、城下の闇。


加賀美黎士は密かに動いていた。

その背後には、河合吉統の姿がある。


「信長も、神谷も……やはり面白い」


加賀美は、薄く笑みを浮かべる。


「次は……もっと大きな動きを仕掛けよう。

 歴史を動かすのは、いつだって“外”からだ」


河合は黙って頷いた。



その夜遅く——


お市様は、まだ涙の跡が残るまま、そっと庭へ出ていた。


そこへ、手当を終えた悠真が、ゆっくりと現れる。

肩には包帯が巻かれ、痛々しさはあるが、無事な姿だった。


「……お市様」


お市様は顔を上げ、思わず駆け寄る。


「神谷様……!」


その瞳には、まだ涙の光が残っていた。


「……無事で……本当に、よかった……」


その言葉が、悠真の胸に深く響いた。


「ありがとうございます……お市様」


二人の距離は、確かに少しだけ——近づいていた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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