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第32話:命を懸けて守る者

夕刻。織田家の本丸は静かな緊張に包まれていた。


その静けさの中に、悠真の胸は妙なざわつきを覚えていた。

肌が粟立つような違和感。

戦国の空気の中で、彼の感覚は次第に研ぎ澄まされてきていた。


(……嫌な予感がする)


その思いを拭えぬまま、悠真は信長から呼び出され、書院の前で膝をついていた。


「入れ」


襖の向こうから静かな声が掛かる。


「失礼します」


悠真は襖に手をかけ、礼を尽くして静かに開けた。

そして一歩、部屋へ足を踏み入れた——


その瞬間。


襖の陰から音もなく忍び寄る黒装束の刺客が、抜き放った刃を信長へと向けて跳びかかる。


(斬りかかってくる——!)


迷いなどなかった。

悠真は反射的に身体を投げ出した。


「殿、危ないッ!」


鋭い刃が肩を裂く。

焼けるような痛みが駆け抜ける。


それでも構わなかった。

信長を庇い、その身を挺して刃を受け止めた。



「神谷……!」


信長の声が低く響いた。


悠真は刺客の腕を掴み、その動きを封じながら振り返った。


「殿……お逃げを……!」


だが信長は、その場を動かなかった。

驚き、戸惑い、そして……何かを悟ったような目で、悠真を見つめていた。


「おのれ……無礼者が……!」


信長は自ら短刀を抜き、刺客の隙を突いてその胸に刃を突き刺す。

刺客は呻きながら崩れ落ちた。



「神谷……」


信長は膝をつき、悠真の肩から滴る血を見つめた。


「殿……ご無事で……何よりです……」


「馬鹿者が……なぜそこまで……」


「信長様が……俺にとって……」


それは言葉にはできない。

しかし、確かにそこにあったのは命を賭してでも守りたいと願った心だった。


信長は普段誰にも見せぬ、深い静かな声で呟いた。


「この身を賭して、儂を守るか……この儂のために、そこまで命を懸ける者が……」


その声は、孤高の覇王が抱えてきた孤独と苦悩、そのままの響きだった。



その時——


「殿、ご無事か!」


勝家と利家が兵を率いて駆け込んできた。


「薬師を呼べ! 神谷を手当せよ!」


兵たちが慌ただしく動き出す中、信長は改めて悠真を見据える。


「神谷……儂は、そなたを認めた。名も身も、何者であろうと関わりはない。この儂が選んだ男だ」


その言葉は、戦国の覇王が唯一人に与える、絶対の信頼だった。


悠真はその言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じていた。



そして、その夜——


お市様は、侍女からの報告を受け、顔色を失っていた。


「神谷様が……怪我を……?」


胸が締め付けられる。


(……無事でいてください)


その想いは、やがて彼女の胸の内で大きく膨らみ——


お市の涙とともに溢れ出すことになる——。



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