第28話:揺らぐ忠義、交錯する想い
織田家の城内は、昨夜の騒動による緊張感がまだ色濃く残っていた。
捕縛された黒装束の男たちは、地下の牢へと閉じ込められ、すでに尋問が始まっていた。
その場には、信長と柴田勝家、そして利家の姿があった。
「名は?」
信長が低く問いかける。
だが、黒装束の男は口を真一文字に閉ざし、答えない。
「……舌を噛み切るか、毒を隠しているか。どちらにせよ、ただの野伏どもではない」
勝家が唸る。
それに対し、信長は目を細めた。
「手練れの動き。裏で操っている者がいるのは明白……」
その時、利家が小さく声を漏らす。
「……神谷の動きが、早すぎた気がします」
その言葉に、場がわずかに凍った。
勝家もちらりと利家を見やる。
「何が言いたい?」
「いえ……もし、彼が何らかの情報を持っていたとすれば。あの場で即座に動けた理由が……」
利家の言葉に、信長はふっと笑った。
「疑うは悪いことではない。……信じるためには、まず疑う。尤もなことだ」
だが——と信長は続ける。
「それでも、私はあの若者に“賭け”ている。己が眼で見たものに、嘘はないと判断した」
その言葉に、利家は何も言い返せなかった。
勝家もまた、内心にわずかな葛藤を抱えながら、それ以上を口にすることはなかった。
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一方、城の一室では——
悠真がひとり、火鉢の前で思案していた。
(昨夜の襲撃……加賀美の仕業か、それとも別の何者か……)
確証はない。だが、明らかに“歴史を乱す存在”が動いているのは間違いない。
そう考えているところに、ふいに声がかかった。
「神谷……いるか」
振り向けば、信長がひとりでそこに立っていた。
「信長様……」
「少し、話がしたい」
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二人きりで向かったのは、城の庭に面した静かな一角だった。
そこに腰を下ろした信長は、珍しく柔らかな口調で語り始めた。
「……そなたが、どこから来た者か。何を抱えているか——私は、すべてを知るつもりはない」
悠真は黙って耳を傾ける。
「だが、人は皆、何かを背負い、何かを求めて生きておる。……私も昔は、そうだった」
「信長様が……?」
「……ああ。私もまた、父の影に怯え、己の在り方に迷い、もがいていた」
信長はふっと遠い目をした。
「そんな時、ある者に言われたのだ。——己の道は己で選べ、と」
「……千利休、ですか?」
悠真が無意識に呟いたその名に、信長は目を細めた。
「ほう……やはり、そなたは“知っている”のだな」
その言葉に、悠真は内心で舌を巻いた。
(しまった……無意識に……)
だが、信長は微笑を浮かべただけだった。
「安心せよ。私はそなたを責めるつもりはない。むしろ、その知恵を借りたいとすら思っている」
「……なぜ、そこまで俺を?」
信長は悠真を真っすぐに見据えた。
「そなたは、かつての私に似ている。弱さを知り、迷いながらも進もうとする姿がな」
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その言葉が胸に響いた。
悠真は、知らず拳を握っていた。
(……俺も、変われるのか)
(この時代で——この場所で、何かを守れるのか)
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そしてその頃——
闇の中を歩く一人の男の姿があった。
加賀美黎士。その顔には、静かな冷笑が浮かんでいた。
「信長も、神谷悠真も——面白い」
彼の背後には、新たな影が現れる。
「次の手を打つとしよう。……もっと、大きな波を起こすためにな」




