表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/51

第26話:交錯する影

山村の夜は、城下とは比べものにならないほど静かだった。

 竹林を揺らす風が囁くように葉をこすり合わせ、獣の気配も感じさせないほどの冷気が漂う。


 その中を、柴田勝家は慎重に進んでいた。

 鎧を脱ぎ、黒装束に身を包んだその姿は、いつもの堂々とした姿とはまるで別人のようだった。


(殿が、神谷を受け入れられた理由——それが、俺にはわからぬ)


 疑念はあった。神谷悠真という若者が、まるで未来を知っているかのような“知恵”を持ち合わせていることに。

 勝家は、信長に忠義を誓った男である。だが、だからこそ——


(殿を信じるだけでいい。それが理想だ。だが俺の役目は、信じる前に“確かめる”ことだ)


 向かっているのは、今川の残党が潜んでいると噂される古い山寺跡。

 勝家は神谷の言葉を鵜呑みにせず、別の視点から真相を掴もうとしていた。



 月明かりが射す山寺の裏手、苔むした石段を登り詰めたその先に、古びた堂宇が静かに佇んでいた。


 その前に立つ一人の男。

 薄い外套に身を包み、髭をたくわえたその男の顔に、勝家は見覚えがあった。


「……貴様、まさか……河合吉統かわい よしのり……!」


 驚愕に目を見開いた勝家は、思わず足を止める。

 河合吉統。かつて織田家に仕え、謀反の疑いで“処断された”はずの男である。


 吉統は口の端をわずかに持ち上げた。


「久しいな、勝家殿。……生きていて悪いか?」


「貴様、生きていて……何をしている。いや、誰に仕えている?」


「今は誰にも仕えてはおらんよ。ただ、“未来を選ぼうとしている者”と手を組んでいるだけだ」


 勝家の眉がぴくりと動く。


「加賀美……か」


「加賀美は駒だ。俺もまた、別の駒に過ぎん。ただ、俺はあの男に賭けている。“今ある流れ”を変えられる存在としてな」


「神谷……を、か?」


「名を出すのは早計だ。ただ……そなたも気づいているはずだ。あの若者の言葉と知恵は、常軌を逸している。あれが本当に“過去に生きる者”のものか、とな」


 勝家は言葉を飲んだ。

 彼自身、その“違和感”を感じていた。感じていたからこそ、こうして動いたのだ。


「ならば、何を狙っている?」


 勝家の問いに、吉統は小さく首を振る。


「神谷には、まだ何もしていない。ただ、彼がこの時代に何を残すか——それを、我らは見届けている」


「“我ら”とは何者だ」


「名を明かすほど愚かではない。ただ……一つだけ教えよう。

 あの男が何を選ぶかによって、信長の運命も、やがて大きく揺らぐ」


(この男……なぜ、殿の行く末までを語る……?)


 勝家の胸に、得体の知れない戦慄が走る。


(あいつは本当に、“何か”を知っている)


 だが、それ以上を問い詰める前に、吉統はふっと身を翻した。


「いずれまた会おう。時が満ちれば、答えは勝手に姿を現す」


 そう言い残し、竹林の闇に姿を消した。



 一方その頃、織田家の城内。

 前田利家は人気のない廊下の片隅で、一通の文を手にしていた。


 差出人の名はなく、文面も簡潔だった。


「神谷悠真には、殿が知らぬ知恵がある。己の目で確かめよ。

信じるとは、疑うことだ」


 筆跡は……どこかで見たことがある気がした。


(……この筆跡、あの浪人に似ている。まさかとは思うが)


 利家は紙を丸めて袖の内にしまい込み、静かに吐息をついた。

 心の奥に、小さな棘が刺さったような、妙な感覚が残った。



 その夜、悠真はうなされるような夢を見ていた。

 揺れる風景。霞んだ光。どこか懐かしい声。


『……お兄ちゃん、見ててくれるだけでいいから……』


 声は幼い少女のものだった。現代の、妹の記憶。


 顔は見えない。ただ、懐かしさと共に胸が締めつけられる。


(……俺は……戻らなきゃいけない。あの世界に)


 夢の中の景色が崩れ、闇に吸い込まれていく中、悠真は叫ぶように手を伸ばしていた。



 目を覚ました時、空はまだ明けきっていなかった。

 枕元に置かれた古い和紙に、自分が無意識のうちに描いた何かが残っていた。回路図のようなもの。意味はない。けれど——


(俺は……まだ帰れてない。けど、あの子に“帰る”って約束した)


 悠真はゆっくりと体を起こし、窓の外の空を見つめた。

 その胸の奥に、小さく火が灯る。


(この時代を守る。それが……俺の今の使命だ)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ