第21話:忍び寄る影
「これが……神谷悠真の、正体……?」
柴田勝家は、部屋の片隅で巻物を静かに巻き戻しながら唸った。
書かれていたのは、断片的で信じがたい内容——異国の技術、異様な知識、そして“未来”という言葉。
「戯言か、それとも……」
頭では信じきれぬ。だが、心の奥底で“恐れ”に似た何かが芽生えていた。
誰よりも忠義に生きてきたからこそ、信長の傍に“異質”があることが我慢ならなかった。
「信長様の目に曇りがあるとでも……? いや、それは……」
拳を握る。怒りではなく、迷いがそこにあった。
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一方、悠真は城の裏手、侍女たちが通らぬ静かな廊下を歩いていた。
この場所にいても、居場所がないように感じる。
つい先日まで信長から受けた信頼が、今ではただの“沈黙”に変わっていた。
(何がいけなかった? 余計なことを言った? それとも……)
答えは出ない。ただ一つ、胸の奥で引っかかっていることがあった。
——戦の直後、柴田勝家の視線が妙に冷たかった。
「神谷様」
静かな声に振り向けば、お市がこちらへ歩いてきていた。
どこか、見透かすような瞳。
「お一人で……考え事ですか?」
「……少し、考えごとをしていただけです。お市様は、どうされたんですか?」
「兄上が、最近何も仰らないので。少し気になって……神谷様のことも」
その言葉に、悠真は軽く笑ってみせる。
「信長公は、たぶん俺を試してるだけだと思う」
「試している、ですか?」
「そう。……この時代の人にとって、“知りすぎてる人間”ってのは、味方にも敵にもなりかねない。
信長公ほどの人なら、それをわかった上で、俺の出方を見てるんだと思う」
お市は小さく頷いた。
けれど、その表情はどこか曇っている。
「けれど……柴田様が、今朝、神谷様のことを『不気味な男』だと……他の者に話していたのを、聞いてしまいました」
「……そっか」
心臓が一瞬、きゅっと縮まるのを感じた。
信長が黙し、勝家が動揺する——今、悠真は“誰にも寄りかかれない場所”に立っていた。
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夜。
加賀美は、屋敷の一室で筆を走らせていた。
「次は……前田利家、か。彼は信義に厚いが、気持ちが熱く、揺れやすい。
信長を裏切るとは思えないが、“迷わせる”ことはできる」
机に並ぶ数枚の紙。そこには、織田家家臣の名が並んでいた。
「忠義など、時の流れに抗えぬ。
歴史を守る者ほど、内から崩れやすいのだよ、神谷悠真」
薄く笑いながら、加賀美は次の“仕込み”に取り掛かった。




