表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/51

第19話:戦場の匂い

甲冑の音。馬の嘶き。血の匂い。


 神谷悠真が初めて足を踏み入れた“戦場”は、思っていたよりもずっと静かで、けれど確かに“死”が転がっていた。


「ここは……」


 言葉を失ったまま、悠真は信長の後ろに従って歩いた。

 戦はすでに終わっていた。斥候の情報通り、敵の小勢が侵入してきたのを奇襲で叩いたという。

 が、そこには、無数の命の残滓が転がっていた。


「初めて見るのか? 戦の“あとの姿”を」


 信長が、振り返らずに言った。


「……はい」


「これが現実だ、神谷。人は死ぬ。理由もなく、時には誇りを捨ててすら、な」



 ひとりの敵兵が、まだ息があった。

 若い。自分とそう歳は変わらないように見える。

 が、その目には恐怖も、懇願も、何もなかった。ただ空虚な色。


「こいつをどうするか、そなたに決めさせようか」


 信長が無表情で言った。

 まるで悠真がどう反応するか、試しているように。


「どう……って……」


「逃がせば、また敵となろう。斬れば、そなたの手に血がつく。

 それでも、選べ」


 悠真の手が震えた。


(これは……“歴史”じゃない。俺の選択なんだ)


「……できません。俺には、まだ……覚悟がない」


 震える声で、そう答えるのが精一杯だった。


 信長はしばらく黙っていたが、やがて手を振って兵を呼んだ。


「斬れ。戦とは、覚悟なき者にとって地獄でしかない」


 乾いた音が響き、悠真は目を背けた。



 その夜。


 悠真は焚き火の前でひとり、じっと掌を見つめていた。

 あの命を救うことも、奪うこともできなかった自分の手。


「お前は、優しいのか、臆病なのか……」


 ぽつりと声がして顔を上げると、お市がいた。

 膝を抱えて、火を見つめている。


「兄様はね、人の命を“秤”にかけることがある。でも、それは……昔はできなかったの」


「……そうなんですか?」


「うん。あの人も変わったの。利休様に出会ってから」


 その名前が再び出た。


 信長が“変わる”きっかけとなった人物。

 そして今、悠真自身も変わろうとしている。


「私、信じてます。神谷様は、変われる人です。……ちゃんと、自分で選べる人です」


 その言葉が、炎よりも温かく胸に染みた。



 一方その頃、城下のとある屋敷では。


 加賀美が、書状を手に静かに笑っていた。


「織田家に忠誠を誓う者ほど、脆い。……“信頼”と“正義”をぶつければ、すぐに軋む」


 彼の視線の先には、ある家臣の名が記された文があった。


「次は……あの者に火をつけようか。信長と神谷を分断するには、あの男が適任だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ