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第13話:信頼と疑念

城の廊下を歩くたび、視線を感じるようになった。


 正面からぶつかってくるものではない。だが、確かに——避けるような気配、探るような気配が、背に張り付く。


(……これは、警戒されてる)


 神谷悠真は、それを痛いほど自覚していた。

 城下では“信長に取り入った得体の知れぬ男”と囁かれ、

 城内でも“どこの誰とも知れぬ流れ者”として距離を置かれている。


 それでも、信長が自分を庇ってくれていることは、日々の扱いでわかる。

 軍議の場では発言を許され、必要な情報を与えられる。

 藤吉郎(秀吉)などは屈託なく話しかけてくれるし、稀に前田利家も軽口を叩いてくれる。


 ——だが、それはほんの一部に過ぎなかった。


「……あやつ、やはり只者ではありますまい」


「いかにも。見た目も言葉も、まるで異国の者。拙者には、あの笑みすら作り物に見える」


「信長様はお気に入りのようだが、あれを側に置くのは、いささか危うい」


 軍議のあと、悠真が廊下を曲がろうとしたとき。

 襖の向こうで交わされた言葉が、耳に届いてしまった。


(……やっぱり、か)


 思わず立ち止まりかけた足を踏み出し、何事もなかったようにその場を通り過ぎる。


 振り返ることはなかった。けれど胸の奥で、何かがひっそりと軋んだ。



 一方、城の奥。

 お市はひとり、縁側で風にあたりながら、小さな吐息を漏らしていた。


 悠真のことを考えると、胸がざわついた。

 会話を交わしたのは、ほんの数度。けれど、彼の言葉の奥には常に何かがあった。

 遠い場所を見ているような瞳。触れようとすれば、すり抜けてしまいそうな儚さ。


 ——そう。まるで夢の中の人のように。


(兄上は、あの方を信じておられる……けれど)


 城の者たちの噂も、お市の耳には届いていた。

 誰が悪いとも言えない。悠真が異物であるのは事実なのだから。


 それでも、あの瞳にある“哀しみ”の正体が、知りたくなるのはなぜだろう。



 その夜、城下の片隅。

 ひとつの風鈴が、誰もいないはずの蔵の中で、音を立てた。


 加賀美は、灯の落ちた倉庫の中で静かに目を閉じ、紙に何かを書きつけていた。


「——“分断”は、すでに始まっている」


 小さく呟き、墨を乾かす。

 その筆先に迷いはなく、まるで“未来”をすでに知っているかのようだった。

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