第12話:揺れる城下
城を出て、町へ足を伸ばしたのは、信長の許可を得た数日後のことだった。
戦勝から日も浅いが、城下町には活気が戻りつつあった。
市には屋台が立ち、野菜や織物、茶器が並び、人々の声が飛び交う。
だがその中で、悠真は目立っていた。
異質な服装。現代風の立ち振る舞い。町人たちの視線が容赦なく注がれる。
「見たか? あれが“信長様の異人”や」
「戦で何か知恵を使ったとか……妖術じゃなかろうな?」
「どこぞの怪しき流れ者にしか見えんぞ」
好奇の視線、囁かれる疑念。それらを悠真は冷静に受け止めるしかなかった。
(やっぱり……浮いてるよな、俺)
織田家の者として正式に認められているわけでもなく、かといって完全な外様でもない。
歴史の知識で役に立ったとはいえ、それだけで全員が信頼してくれるはずもなかった。
「神谷」
不意に背後からかけられた声に振り返ると、柴田勝家が無表情で立っていた。
「町を歩くなら、なるべく目立たぬ道を選ぶことだ。……お前の存在を快く思わぬ者もいる」
短く、それだけ言って勝家は去っていった。
厳しく、けれど必要最低限の警告。それが彼のやり方なのだろう。
(……分かってる。俺はまだ、信頼されてない)
その夜——。
町外れの寺の奥で、ひとつの密談が交わされていた。
「神谷という男……あれは、ただの流れ者ではあるまい」
「信長様に近づき、不気味な知恵を授けていると聞く。民も兵も、ざわついているようだ」
「このまま放置すれば、我らの計画に障りが出るやもしれぬな」
「……動くべき時が来たかもしれぬ」
密談の空気は重く、冷たい。
その場にいた男たちが散っていく中、ひときわ目立たぬ黒衣の男が、物陰からその様子を静かに見つめていた。
月明かりに照らされたその顔は、冷静で、何一つ焦っていない。
——加賀美。
彼もまた、未来からこの戦国に現れた“旅人”だった。
だが彼の目的は、悠真とは正反対——
歴史を変えること。信長を排し、新たな時代を築くこと。
闇の中、風がゆらりと吹き抜ける。
加賀美は静かに目を細め、わずかに口元を歪めて呟いた。
「さて……面白くなってきた」




