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第10話:二人の邂逅

戦のにおいは、城の中にも色濃く残っていた。


 兵たちは戻り、荷を解き、傷の手当てを受ける者も多かった。

 大広間では報告が飛び交い、文書を取りまとめる家臣たちの動きが慌ただしい。


 その片隅で、神谷悠真はひとり、木の柱にもたれて深く息をついた。


(……やっと落ち着いた)


 戦から戻って三日。まだ、気は抜けない空気が漂っている。

 だが、徐々に日常が戻ってきていることもまた、感じていた。


「おお、神谷殿! こっち来とくれ!」


 台所から顔を出したのは、相変わらず賑やかな木下藤吉郎だった。

 手には大きな団子を持ち、口いっぱいにほおばっている。


「これな、味噌を少し足したら案外いけるんや。さぁ、お前さんも食ってみなされ」


「……いや、いまは遠慮します」


「おー、そうかいそうかい。でもな、ここは大事なんやで? 腹が減っては戦ができぬってな。

 たとえ戦が終わっても、生き抜くには食わにゃ話にならん!」


 ひょうひょうとした態度の中にも、どこか説得力がある。

 悠真は少しだけ口元を緩めた。


「ありがとうございます。気にかけてもらって」


「ははっ、気にかけとるわけやない。目立つもん、あんた。……それに」


 藤吉郎は、ちらりと廊下の奥を見やった。


「見とったで。あの方が、さっきからずっと、あんたのこと見てた」


「え?」


 悠真がその方を振り返ると、ちょうど一人の少女がこちらに向かって歩いてきた。


 浅葱色の着物に、落ち着いた髪型。

 やわらかな表情の奥に、どこか凛とした雰囲気をまとっている。

 彼女を見た瞬間——悠真の胸が、ふと波打った。


(……あのときの)


 城門で一瞬だけ視線を交わした少女。

 あの姿が、今、目の前に現実としてある。


 少女は、足を止め、静かに頭を下げた。


「あなたが……神谷悠真様、ですね?」


「は、はい……」


 その口調は柔らかいが、はっきりとした芯がある。


「私は、お市と申します。兄上より、お名前はかねてより聞いております」


「お市……様……」


 歴史の中で何度も読んだその名前。

 戦国の姫として、波瀾の運命を生きた女性——その本人が、今、悠真の前に立っていた。


「以前、城門で……」


「ええ。少し、気になって……。あなた、他の方々とどこか違って見えました。……目が、とても」


 お市は、言葉を濁して微笑んだ。

 悠真は、うまく返す言葉が見つからなかった。


(……なんだろう、この感じ)


 初対面のはずなのに、どこか懐かしいような、不思議な感覚が胸に広がっていた。


「もしお時間があるなら……後ほど、庭でお話しできませんか?」


「……はい、もちろん」


 その返事を聞いたお市は、小さく頷き、再び静かに廊下を去っていった。


 その背中を見送りながら、悠真の胸の奥に、確かに何かが灯った。


 それが、どんな運命を導くものなのか。

 まだ分からない。けれど——静かな風が、悠真の心にそっと吹き込んでいた。

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