第70話 友だから
数日置いて、回復したら戦い、戦ったら負け、そしてまた回復まで数日置く。そんなことを、今まで何百回と……いや、何千回か?とにかく数えきれないほどに繰り返してきた。そしてそれと同じ回数だけ、おれは負けた。神聖力の扱いも、“擬似的な堕天”のコントロールも上達しても、サタンを打ち破るには及ばなかった。
おれは確かに一戦ごとに成長していたが、サタンが成長している様子はなかった。ただ一戦ごとに力を少しずつ解放しているようで、毎回戦いが終わる度に“今度は負けちゃうかもね”とだけ言っていた。彼女は敢えて手加減しているのか、それとも戦いを楽しむために手加減しているのか、実際のところはいつまでも分からなかったが、彼女は確かに全力では戦わなかった。それこそ、彼女の魔力に底が見えたのはここ最近のことだ。おれはもうすぐ彼女を超えてしまうのではないかと、心の底からそう思ったのはそのときくらいからだった。
サタンと戦っている間、厳密には戦いの合間だが、たまにユリハやフリナ、グラなどが家に遊びに来ていた。おれ達が戦い始めて、もう既に随分と時間が経っているらしい。それもそうか。数日に一回戦うというのを、数えきれないほどにやってきたのだ。おれとしては今日まで一瞬の出来事ではあったが、普通に考えて何年も何十年も経っているだろう。ここまで長引いてしまい、サタンは申し訳なさそうにしているが、それでもこの地獄の、そして何より楽しいこの環境から逃してくれようとは思わないらしい。おれが獄境を出るのは、つまりサタンに“借り”を返してからなのだ。その“借り”は何千にもなってしまっている。流石に返さないわけにはいかない。戦いは楽しく面白いものだったが、それだけがただ一つ憂鬱だった。
そもそもサタンはどういった存在なのか。それを聞いたのは“果ての地”での混沌神との戦闘の後、おれが寝込んでいたときだった。
第二の神、つまり破壊神が生まれた直後に誕生したらしい。創造神という圧倒的な存在に対し、均衡を保つために誕生したのか、真相は定かではないが、それ以降の魔神が生まれるのは遥か先のことだった。
彼女は生まれながらに二大神を除く存在の中では圧倒的に強く、格上と格下の者しか存在しない世界において大きな孤独感を抱いていた。そして彼女以外の魔神が生まれたときには、彼女の期待していたものとは異なり、邪悪な魂の弱小な存在であったため彼女の孤独が埋まることはなかった。むしろ壁がより明確になり、対等な関係を築くことは諦めることになった。故に彼女は対等な戦いを渇望していたのだ。今までの何万、何億年間ずっと。そしてその戦いの先を望んでいる……。
だからおれは、この“借り”を返したくなかったのだ。だがいつまでもそうしているわけにもいかなかった。おれはサタンと戦えば戦うほどに強くなり、サタンの方は力を少しずつ解放していただけだ。実際の実力はサタンの方が圧倒的に上でも、得られる経験値の量は比べ物にならないほどにおれが上だった。サタンの戦い方に慣れれば、いくらでもその実力差をひっくり返すことは可能だった。日に日におれの刀はサタンにより多く届くようになり、そして一瞬、サタンを上回ることができた。
息も絶え絶えになり、視界が歪む中、やや大振りになったサタンに隙が見えた。無意識のうちに手加減をかけているサタンに食らいつくことは難しくない。
そのときのおれは、これまでの経験と鍛錬が一点に収束するような感覚だった。これまでは道のない山の中を歩んでいるようだったが、急に開けて一本の道に辿り着いたような、そんな感覚だ。世界の動きが遅く見え、未来を完璧に予測できるような全能感にもなった。おれは刀に黒く焦げた炎を纏い、余った全ての力を込めて放った。こんなことをしなければまだ5分くらいは動けたろうが、ここで攻めなければならない気がしたからだ。
ーー「“彼岸・終式”『白昼の宵』……!」
ーー「くッ………!」
鞘から少しだけ出た刃から溢れ出した漆黒の炎が、5つほどの斬撃を作った。今までずっとできなかったのに、何故か今の一瞬、おれの神聖力と魔素は完璧に融合していた。
サタンは斬られた勢いのまま倒れ、おれも全身の力が抜けて膝をついた。鞘にしまった刀でなんとか支え、脚を震わせながらサタンの隣に立った。今この一撃が出せなかったら、戦いを終えることはこの先数年なかっただろう。そんな気がした。
ーー「がはッ……ハァ……ハァ………。肉体に加えて……精神も斬ったのか……。ははッ………すごいね……。」
ーー「………これで……“借り”は返せたか……?」
ーー「………やっぱり分かってたか……。」
ーー「当たり前だろ……。」
ーー「……生まれ変わったら……人間にでも…なりたいな……。ボクもにーさんと……同じ目線で生きてみたいや………。」
少しの間、沈黙が流れた。おれもサタンも話すことさえ苦しい状況というのもあったが……。サタンほどの力のある存在となると、生まれ変わるのは随分先のことだろうな。そもそも生まれ変わることが可能ならば、ではあるが。
ーー「…介錯してやろうか……?その傷じゃあ生きてるのも辛いだろう……。」
サタンの傷はかなり深いものだった。まず生き残ることができないほどに。息をすることも、目を開くこともしんどいだろう。彼女は一生懸命に息を吸っているが、こうして話していられるのは正直言って異常だ。……まぁ彼女の異常性など今に始まったことではないか。
ーー「……いーや。……最期なんだ……少しでも長くにーさんと話してたい……。」
ーー「……そうか。………おれはこれから……もう少し根源について調べてみようと思う。……今の力が……“果ての地”で感じたものに近かったんだ……。」
ーー「ふふッ………。そう……。……頑張ってね…。」
サタンが一生懸命に呼吸し、喋っているのを見て、おれも痛む喉と肺を無視して話をした。本当なら今にも意識が飛びそうだったが、当然そんなことはできなかった。今ほど眠くて、眠くない瞬間はなかった。するとサタンは、思い詰めたような顔をして話し出した。
ーー「………ごめんね……。色々と振り回して……。結局ボクは……ボクが楽しんで死ねるように…にーさんを利用してただけだったよ……。」
ーー「………辛くないって言ったら嘘だな……。でもまぁ……死に場所くらいは準備してやるよ……。数少ない……おれの友なんだからな……。」
ーー「………!」
ーー「お前が言ったんだろう……。最期なんだ……。あんまり……暗い顔をするもんじゃない……。」
そう、サタンは友だった。始めは変わった関係だったが、今の彼女とおれは間違いなく友だった。だから本当は、おれも彼女も死なずに生きていけたらと思っていたが、それはおれの求めているものであって、彼女の求めているものではなかったのだ。最初の戦いでおれが勝てていれば……おれのワガママを通す権利くらいはあったろうが……。そうならなかったのなら、おれはただ彼女の喜ぶ結果を与えるしかなかった。
ーー「へへッ……死ぬときに孤独じゃないと……生きてた意味もあるんだって思えるね……。ボクがここで生き残ってたら……こうはならなかったよ……。……でもやっぱり…ボクは今まで随分と悪さしちゃったからな……生まれ変わるといいな……。」
ーー「………世界がお前を許さなかったら…おれが許してやるし……世界がお前を許すなら…おれだけは許さずにいてやるよ……。だから気負うな……。そんでもって生まれ変われたら……もう一回来い……。もう一回…殺し合いをしよう……。」
ーー「うん………。ありがとう……エスト………。」
サタンは大きく息を吸って、そしてそれを全てゆっくりと吐き出した。それから息を吸うことはなかった。おれはしばらくの間、動かなくなった友の隣に座り込み、何も言わずにただ彼女のことを見つめていた。立ち上がり視線を上げると、獄境の空は薄暗かったが、確かに晴れていた。




