第68話 持てる全ての力
斬りかかり、殴りかかり、おれは休む暇を与えないように攻撃を畳みかけた。神聖力が底をつき、魔素だけを扱った技しか使えないので攻撃力は今までと比べものにならないくらいに落とすことになったが、魔素を充分に溜め込んだ一撃を放てばそれなりの威力は出せる。実際、『煌魔天』や『破魔』を使えればサタンを沈めることも夢ではない。……が…。
ーー「くそッ……!!」
ーー「ははッ!!肉弾戦ならボクもにーさんも同じだね!!」
サタンに大技を出させないように畳みかけるということは、おれも同じように力を溜めるのは難しくなる。そしてただ打ち合いをしている現状では、少ない溜めで強力な技を繰り出せるサタンの方がやや有利だ。魔素を溜めるというのが現実的ではない以上、おれは神聖力の回復にも意識向けることになり、更に押されることになる、というわけだ。
ーー「『天爆』!!」
ーー「“終式”『咲煌月』!」
ーー「くッ……!」
おれは防御の上からサタンを殴り飛ばし、その隙を終式で斬りかかった。やはり神聖力がないことで威力は大幅に落ちているようだ。サタンの身体に傷を負わせることはできたが、ダメージを与えるほどにはならなかった。
ーー「痛っっったい……けど!!ちょっと軽いんじゃない!!?」
ーー「『召雷』!!」
ーー「ぐあッ!」
サタンはおれの攻撃に怯むことなく、おれを蹴り飛ばして雷を撃ち込んだ。相変わらず彼女の操る雷は威力が規格外だ。掠めただけで頬が溶かされ、全身に刺激が走った。融合身体強化中は身体能力の他に対物理防御も対魔力防御も飛躍的に上昇するのだが、それでも無数の雷のうちのたった一つが致命傷になり得た。……いや、身体の限界も近いため、恐らく融合身体強化の精度も落ちているのだろう。神聖力を上手く纏って併用していれば肉体の治癒にも繋がって、能力を使える時間を伸ばすことにもなるのだが、一気に神聖力を放出してしまうと反動もあるみたいだ。………実戦でいきなり使わない方が良かったな。危険性は事前に知っておきたかった。
ーー「ゔッ……!?」
ーー「?どうしたのさ!にーさん!」
ーー「う…くッ…………。」
ーー「………ほんとにどうしたの?」
サタンと激しい攻防を繰り広げていた刹那、おれは全身を形容し難い不快感に飲み込まれ、その隙を突かれてサタンに殴り飛ばされた。なんというか、満ちることのない飢え……底無しの闘争本能とでも言おうか、そのようなものが心の底から溢れ出してきた。怒りに飲み込まれたときと似たような感覚だ。これは……そう、本能が何か叫んでいるんだ。闘え、殺せ、と。
本能というものは、本来、魂の奥底に刻まれているものだ。そしてそれは怒りや危機感など、なんらかのきっかけによって大きく溢れ出すことがある。理性が強ければ強いほど、あるいはきっかけが大きければ大きいほどにそれは強く表にでる。今、おれの神聖力、つまり本来増減するはずのない魂の力が底をついたことによって、おれの本能が強い警告を出したのだろう。おれの魔族としての防衛本能が、うるさく警音を鳴らしているのだ。
ーー「……獣みたいな鋭い瞳……見てるだけで伝わってくる強い闘争心……。完全に魔に堕ちちゃってるな……。ボク憎まれるようなことしたっけ………?」
ーー「……うわッ!!」
おどおどしながら見ているサタンに向かって、おれは軽く手を払ってみた。魔素を飛ばすだけでも、それなりの力を出せそうだ。……それはそうとおれの見た目は変わってんのか?雰囲気は変わってるだろうが……鏡がないから分からないな。
それに“魔に堕ちてる”か。負の感情、つまり邪悪な心に呑まれると生命は魔に堕ちるものだ。それは本能が理性を押し潰すことによって起こるものだ。おれはこれまで何度も強い怒りや悲しみに暮れたことがあったが、それを経験したことと今回の異常事態によって偶然似たような現象に陥っているのだ。……たぶん。神聖力を使い切ったことによる魂の疲弊もあるかもしれないが、つまり今のおれは一般的な“魔に堕ちる現象”とは異なる状況にある。
ーー「……残念ながら、理性が潰されたわけじゃねぇよ。………覚醒とでも言えばカッコよくてわかりやすいか?」
ーー「!なるほど……。よくは分からないけど、すごい分かりやすいよ。」
“擬似的な堕天”とでも表現しようか。今のおれは擬似的に魔に堕ちたことによって、魔族としての身体能力を完全に活かせる、つまり膂力の大幅な強化と回復力の上昇といった強みがある。回復が疲労を上回ることはないだろうからおれが戦える時間が多少延びるだけとはいえ、神聖力の回復は早くなっている気がする。問題は、この状態もおれの本能が静まれば解除されてしまうだろうということだ。つまり、神聖力が回復すれば恐らくは元に戻ってしまう。完全に魔に堕ちたのならば戻ることは不可能だが、今のおれはそうではない。要は、おれはこの状態で時間を稼ぎ、神聖力が溜まったら正真正銘“最期の一撃”をお見舞いすればいい。
ーー「ふッ…!!」
ーー「考えてる最中に……行儀が悪いヤツだ!」
飛びかかって掌で攻撃してきたサタンを、おれは刀で受け止めて押し返した。腕力はやはりおれの方が上だ。……が、サタンもいよいよ全力といった感じだ。鋭い爪を生やし、燃えるような眼光でおれを見つめている。魔神としての力を全て出し切るらしい。
ーー「……勝機は見えた。3分もすれば決着が着きそうだな。」
ーー「にーさんったら……調子に乗んないでよ?ボクは最初から勝機が見えてるんだから。」
何十メートルも離れた距離から、サタンの手とおれの刀は一瞬の内にぶつかり合った。サタンは持てる全ての力を自身の肉体の中に宿し、おれは制御できる全ての魔素を身体と刀に纏った。互いに重傷、いつ死んでもおかしくない。そんな状況でありながら、イカれているのか、おれもサタンも、心の底から笑っていた。




