【電子書籍化】とある転生幼女の奇跡【コミカライズ企画進行中】
電子書籍化が決定いたしました。
詳しくは活動報告にてご報告致します。
こんにちは、私はマリア・モーリントン(8) おませな伯爵令嬢だ。日本人だった記憶を残しつつのんびり田舎で育った私は今、この世界の暮らしに順応中だ。
私は漫画家を夢見た専門学生だった。まあ、オタクと言う人種で、推しグッズをつくるぐらいオタクだけど、交通事故で呆気なく死んじゃって、異世界転生でヤッホー!と思ったけど、なんのチート能力も無かった。
ひとりぐらしの節約術は心得てるが、政治経済なんてわからんし内政チートなぞできんし、優秀な兄がいるから領地は安泰だから私の出る幕はないんだよね。魔法がある世界だから魔力チートがあるかなと思ったけど、魔力は寧ろ平均より少なく、兄が通う国立魔術院には通えないけど、貴族令嬢が通える女学院にはいける程度らしい。属性も土とか地味すぎる。
伯爵令嬢に生まれたから容姿も美少女か…と言われると兄共に平凡だし、田舎じゃ可愛らしいねと言われるレベル。無理目じゃない?と私は早々に異世界チートを諦め、のんびり貴族令嬢人生を楽しんでいる。
「あら、ハンス。何をしているの?」
「これはお嬢様。お散歩ですか?今、マーヴィルの樹の枝おろしをしているのですよ。危ないからお下がりください。」
庭を散歩していると庭師達が一本の大樹にあつまり、何やら足場を作っている。今から剪定が始まるらしい。それにしても大きな木だわ。樹齢何年かしら?と首を傾げる。
「マーヴィルの樹?」
「はい。別名妖精桐。植物学者マーヴィルが発見した木でして実は妖精樹の一種なんです。」
「妖精樹?」
「特殊な魔力を帯びた大地の精霊の加護がついてる樹のことです。といってもマーヴィルの樹は強い虫除け効果しかないのですが…この領地の特産でもあります。加工はしやすいので箪笥や本棚に加工されますね。」
「へぇ〜…加工しやすいんだ。」
「ええ、子供でも切れるんで…まあ、流石にこれほど大きな樹になると無理ですが…」
ふと話を聞いていて、私は閃いた。
実はもうすぐ建国祭と言う前世で言うクリスマスみたいな祭りがある。冬の時期に家族団欒したり、プレゼントを贈り合うイベントなのだが、私は家族にあげるプレゼントを何にしようか悩んでいる最中だった。
ものづくりは前世でも好きだったし、刺繍も習い始めたけど結構楽しい。父にはすでに鳩とオリーブの刺繍をした巾着袋を作ったし、母には手編みのストールも完成し、渡すだけなのだけど、肝心の兄に渡すものはどうしようか悩んでいた。
9つ歳が離れた兄は現在学院の寮住まいだ。もう4年も会えていない。うちの領地は王都まで片道1ヶ月かかる。魔術院は夏休暇は1ヶ月、冬休暇も1ヶ月だから、まあ、戻れないよね…
片道だけで領地についた頃には新学期だし。
兄のプレゼントは実は決まっていなかった。去年はマフラーを送ったけど…今年はどうしようかしら。学生寮だしあまり場所をとるものはよくないし、父と同じプレゼントだと父が何故か拗ねるし困っていた。
虫除けの効果があるなら、本の栞とか良いのでは?…子供でも加工しやすいなら、透かし彫りにして……でも透かし彫りは強度が弱いから別の板に張り付けて…いけるわ。元グッズつくりに邁進したオタク能力が使えそう。
「ハンス、おろした枝で、薄い木板を作れるかしら?」
「こんだけ太ければできますよ。」
「お願い!切ったらちょうだい。」
「…え、あ、はい。構いませんが…」
何に使うの?と戸惑うハンスを他所に鼻歌を歌いながら私は庭をあとにした。父にお出かけをねだるために書斎へと向かった。
うちの領地は酪農、林業と養蚕が盛んな地域で、木材屋がたくさんある。薄いベニヤ板なら子供の小遣いで買える値段だ。ついでに栞に飾る絹のリボンも買おう。
***
父へのおねだりは成功し、私は木材屋にきていた。木材屋のおじさんに、こう言うのを作りたいと説明すると、おじさんは朗らかに良いのがあるぜと、奥からB4サイズの一枚の板を持ってきた。
少し硬めだが、しっかりした濃いめの茶色の板で、中々渋い年代物の板だった。
「これは今から40年前に教会で伐採された聖黒檀の薄板さ。」
「聖黒檀?」
「教会内に植った黒檀の木のことさ。まあ、ただの黒檀なんだけどな。防腐処理もバッチリだ。妖精桐との相性もいいだろ。だが、薄板でも凄く堅い。お嬢様にゃ加工むりかな。あと2ダール(200円)くれりゃあ、オイラが栞のサイズに加工してやるぜ?」
「……お願い。お値段は?」
「加工代もろもろで12ダール(1200円)」
予算内だけど、建国祭の出店は何店舗か我慢しなきゃならないな。40年前のアンティーク木材をだしてくるとか買うしかないじゃん。その後、寄った手芸屋でリボンのハンパ品を束で購入した。リボンの切れ端みたいなもので、聖銀蚕の絹製にしては格安だったわ。
聖銀蚕は家の領地の主力の絹、聖銀絹の蚕だ。聖銀絹は別に特別な力はないが、聖職者の着る服の材料だ。普通の絹に比べて丈夫なんだそうだ。なんでも昔、勇者様と旅に出た聖女が発見した蚕の種類が聖銀蚕で、うちの領地にしかいない蚕らしく、その絹は領地の経済を支えているとかなんやら…。まー、よくわからん。私、虫に詳しくないし。ファンタジーだなぁぐらいな印象だ。
こうして、材料が揃うと私はさっそく栞づくりを始めた。兄と私の守護神である大地の女神ハールナルの紋章と、教典に描かれたハールナル神の花、蒲公英をワンポイントに切り抜く。
切り抜いたマーヴィルの木と、黒檀の板を接着剤で貼り付ける。黒い黒檀の板と白いマーヴィルの板がすごく映える。
うん、上手くできたー!さすがに女神様本人の姿は彫れないけど、お花ならいける。最後にオレンジ色のリボンをつければ出来上がりだ。こうなると、凝り性な私はどうせなら、他の神様のモチーフの栞を作ることにした。名付けて神様栞シリーズである。
全能神アクルカーナ(薔薇)、光の神パルファス(向日葵)、闇の神エレフォス(蛍袋)。水の神ディーア(睡蓮)、風の神ルルヴィス(桜)、火の神ベガルタ(彼岸花)、地の女神ハールナル(蒲公英)
…壮観だわ。まあ、栞は無くしやすいし、多くても場所も取らないでしょ。兄に、ハールナル神の栞以外なら良かったらお友達にもあげてと手紙をかいてプレゼントを送った。人付き合いの広い兄だからきっと一枚はプレゼントするだろう。
その半年後、私は何故か王命で王都に呼び出しをくらうことになる。
***
「ルーカス、お前の両親と妹から建国祭のプレゼントと手紙が来ているぞ。」
「ありがとうございます。」
妹に会ったのは四年前。ろくに顔を合わせていない兄に毎回、近況をしたためた手紙をくれる優しく可愛い子だ。僕も家族に都で流行りのガラスペンを贈ったが、今頃ついているのかな。
寮監からプレゼントを受け取ると、ついつい浮き立つ気持ちを押し込めて足早に部屋に戻る。
そこに同室のギルベルト様が本を読みながらこちらを見上げた。
「…おかえり、ルーカス。その手荷物はなんだ?」
「家族からの建国祭のプレゼントです。」
「あー、モーリントン伯の。良かったな、無事に届いて」
「…はい……」
同室のギルベルト様は王太子殿下で卒業後、王佐となられる尊き方だ。入学式の日に寮の扉をあけると、王族の証である白銀の髪の見目麗しい王子様がいたのには、軽くパニックになった。後から聞いたのだけど僕の家は中枢とは関係ない辺境伯だし、王太子殿下と釣り合う年の女児がいないから同室になったのだと言う。同室の友人の姉妹とねんごろになられては困るからだとか。確かに妹は僕が入学当初は4歳だったし、8歳となった今でも辺境暮らしであと7年は王都の学校には通えない。確かに殿下の恋愛対象にはならないな。
何故、王太子殿下が魔術院の学生寮にいるかと言うと、王家の伝統らしい。貴族達との交流と、学生自治をへて次期王家の国の運営を学んでいくそうだ。
「…殿下もプレゼントがたくさんきていましたね。」
「…全部、部屋が手狭になるから王城に送ったがな。ルーカスは今年は何を貰ったのだ?去年、お前の妹のプレゼントのマフラーは良い出来だった。今度、どこの店で仕立てたのか聞いてくれ。」
「はい。」
若草色のマフラーは大好評で、気になる令嬢に話しかけてもらったほどだ。今年はなんだろうと、プレゼントを広げてみる。
「父からは、懐中時計…母からは乗馬用の靴ですね……妹からは…?」
「どうした?」
「いや、栞です。よく出来ているな…」
小さな箱から出てきたのは七枚の栞だった。七色のリボンが印象的な木製の栞に思わず感嘆する。七神の紋章と花が見たことがない作りで丹精に作られていて、実に美しい。ギルベルト様も、栞を見て驚嘆したように目を見開く。
「これは…七神花だな。七辛七福の神話がモチーフなのか。栞か…たしかに利便性があり、尚且つ趣味が良い。お前の妹は本当に良い趣味をしている。」
「恐れ入ります…。」
七辛七福の神話は病気の母のために毎日神様にお祈りしていた少年に、神々から七つの花を神々に捧げれば母の病が癒えると言う神託がくだるところから始まる。少年は病の母を信頼する神官長に預け、7つの花を捧げる神殿に向けて巡礼の旅に出る。旅に出た少年は七つの辛い出来事に遭遇しながらも、七つの幸福を手に入れ、最後に病が癒えた母と幸せに暮らすという神話だ。全ての花を手に入れると幸福が訪れると言う故事から、七つの花をモチーフにした物をプレゼントするのは「貴方に幸福が訪れますように。」と言う意味がある。そしてもう一つ、このプレゼントをもらった者は必ず幸福を誰かと分かち合わねばならない。
「…俺はアクルカーナ神の栞が良いな。」
目を輝かせ面白がるギルベルト様に、僕は苦笑して、白いリボンがついた薔薇の花の栞を差し出した。
「……はい。貴方様にアクルカーナ神の御加護がありますように。」
渡す相手にそう言うのが決まり文句なのだ。本当は妹のプレゼントを誰かと分かち合うなんて嫌だが、これは決まりだ。手紙にもハールナル神以外ならあげて良いと書いているし、仕方がない。しかし、よく七辛七福の神話と七花のプレゼントを知っていたなぁ。
「…本当によく出来ている。無くしたら嫌だな。そうだ、帰還の魔法をかけてやろう。どうせ、バルト達にもやるのだろう?セシルとロナウドなら大丈夫だと思うが、あの脳筋バルトのことだ直ぐに栞をなくしかねん。」
「ついでに強化魔法もかけましょうか。妹の素敵なプレゼントをへし折られたら困りますから。」
こうして、妹の栞は僕の六人の友人の手にわたる事になる。
宰相の息子セシルには水の神の花、睡蓮の花の栞を。
騎士団長の息子バルトには火の神の花、彼岸花の栞を。
外務大臣の息子ロナウドには風の神の花、桜の栞を。
魔術師団長の息子パリスには闇の神の花、蛍袋の栞を。
王弟殿下の息子アルフレッド様には光の神の花、向日葵の栞を。
王太子殿下のギルベルト様には全能の神の花、薔薇の栞を。
皆、喜んでくれて栞を重宝してくれている。意外にも脳筋のバルトは妹の栞を大切に使ってくれているらしい。肌身離さず胸ポケットに入れている。なんでも、野外にでることが多く、この栞を持っていくと虫除けにも良いらしい。それを聞いた他の友人達も持ち歩くようになった。それから一カ月後、新学期を迎えてある事件が起きる。
ルーナ男爵令嬢が転校してきたのである。
ニッツ男爵の妾の娘で、最近まで平民として暮らしていた子だが、貴族の常識もしらず礼儀作法も全然なっていない。ギルベルト様や、他の友人たちにまで擦り寄り、娼婦のように胸を押し当てくる。まだ脳筋のバルトの方が礼儀作法はできるし常識もある。
殿下達もウンザリしており、あんまりしつこいので殿下は婚約者の公爵令嬢と過ごす時間を増やし、寮に帰ると必ず僕に愚痴る。生徒会室に無断で入る、昼食時には婚約者とのランチに割り込んでこようとする。トイレまで付いてきたときいて、思わず同情する。大体は婚約者のところに行ってルーナ令嬢から逃げているが、まだ婚約者がいないバルトは僕と連むことで、何とか撃退している。
だが、ルーナ嬢の男子の人気は高い。確かに桃色の髪は綺麗だけど、顔はギルベルト様の婚約者のエルナ様の方が断然美しいし、友人達の婚約者はみな華やかな美少女ぞろいだ。ポッと出の転校生が間に割り込むなんて無理だろ。
外見もいっちゃ悪いが、うちの妹のマリアの方が可愛い。
シスコンて言うな。わかっている。確かに僕はシスコンだ。
だが、身内の欲目で見なくても、マリアは子リスみたいに可愛らしいのだ。
ルーナ嬢は何というか、可愛いを無理矢理作っている感じがすごく痛い。媚びた眼差し、声や言動が非常に残念なのだ。僕や友人達は魅力を全く感じないのだが、クラスメイト達は違うらしい。
疑問に思った僕はルーナ嬢をこっそり監査魔法をかけた眼鏡で見てびっくりした。
▼ルーナ・ニッツ(35)
属性:魔女
魅了魔法発動中
「さっ!?」
まさかの年齢に仰天する。魔女とは魔術師から派生した闇魔法を得意とする魔性の存在だ。わかりやすく言うと悪魔と契約したやばい奴らだ。人界に出てこない理性ある魔女とは違い、人界にやってくる魔女は碌なやつがいない。
魅了魔法が作動中と言うことは狙いは国家中枢の王侯貴族をたらしこんで意のままに操ることだろう。だが、変だ。何で僕は大丈夫だった?僕だけじゃない、セシルやバルト、アルフレッド様、パリスにロナルド、ギルベルト様達もだ。
ふと胸ポケットの栞に目をやる。
▼大地の女神ハールナルの聖栞
属性:聖具
聖黒檀、マーヴィルの樹、聖銀絹で作られた栞。
退魔、虫除け、精神異常無効スキル付与
大地の女神の加護により、土属性魔法の威力が1.5倍となる。
聖具って、確か聖人とか聖女が作ったアイテムじゃなかったか?まさか、そんな…妹よ、誰にこんなものを作ってもらったんだい!?
ここからは大急ぎで、ギルベルト様達をあつめて、栞を鑑定して貰ったところ、案の定、全て聖具だった。
ことの重大性を理解したギルベルト様はルーナ嬢を直ぐ様捕縛し、魔力封印をしたところ若返りの魔法がとけて、本性が現れたらしい。その後、即刻処刑となった。
この栞をみた王都の教皇は妹を呼んで職人が誰だと尋問すべしと鼻息を荒くしたそうだ。250年ぶりの聖具の作り手の聖人の発見だ。無理もない。
王命により、妹は怯えた様子で王都にやってきた。きっと何が何だかよく分からず困惑しているのだろう。泣きべそをかきながら、王都怖いと震える妹が哀れだった。
「……おにいちゃん、わたしなんかしたぁっ?」
舌足らずで昔の癖で僕をお兄ちゃんと呼ぶ妹がいじらしい。これは本気で困っている時の声だ。思わず妹を取り囲んでいた騎士団を睨むとバツが悪そうに視線を逸らされた。
泣きべそかいてる幼女の前で息巻いていた教皇猊下や国王陛下はウチの両親と王妃様を含めた女性達に冷ややかな視線を向けられていた。当たり前だが、これ下手したら事案だからな。
無理もない、何の罪もない幼子を罪人みたいに馬車に押し込み無理矢理連れてきたのだ。幸い両親が必死に馬車で追いかけて一緒に王都に来てくれたから妹は無事で済んだが、いたいけな幼女にする仕打ちじゃない。
当然両親は陛下に、僕はギルベルト様に抗議した。
どう言う伝え方したらあんなに妹が怯えなきゃいけないんだ。
「違うんだよマリー。マリーは何も悪いことなんかしてないよ。」
「でもっ、騎士様達、凄い怖い顔で私を馬車に押し込んだよー?」
あ、王妃様の額に青筋が浮かび上がった。なんか、隣の陛下をつねってない?つねってるよねあれ。ウチの両親も頭から湯気出てないか?
あとギルベルト様と、騎士団長もあちゃーと言う顔しないで下さい。あなた達の不備でもあるんですよ!
「マリーは悪くないよ。あのおじさん達が悪いんだ。」
もう、知らん。僕は今だけ王族への敬意をなくした。
「……でも、王様だよ?」
「王様でも間違えることだってあるさ。」
オロオロする妹が可愛い。本当になんて事をしてくれたんだか。宰相とセシルが後ろで身体を震わせている。そこ、笑うんじゃない。
「マリー、建国祭のプレゼントありがとう。素敵な贈り物だった。」
「お兄ちゃんが送ってくれたガラスペンも素敵だったわ!毎日、お絵描きしたり、お手紙も書いてるの!」
ショゲていた顔がパァッと明るくなってニッコニコに笑う妹は最高に可愛らしい。やっぱり泣き顔よりこっちが良い。
後ろで「う、かわっ…妹にほしい…」とギルベルト様の婚約者である公爵令嬢が胸を押さえている。わかる。だが、マリアは僕の妹だから譲れない。
「この細工、凄く凝ってるけどどこの工房の職人さんが作ったんだい?」
聖具となった栞を取り出して、妹はキョトンとした顔をする。両親も目をぱちぱちとさせて僕をみている。なんだろ、その視線は。
「ルーカス、それはマリーのお手製だぞ?」
「「へっ」」
周りにいた友人達も目が点になる。他の関係者たちもだ。
「材料は、ウチのマーヴィルの樹と、サムの店で買ってきた黒檀の板よ。黒檀は硬いから栞のサイズにはサムに切ってもらったけど、丹念にヤスリがけして、そのマーヴィルの薄板で七神花の彫刻はマリーが彫っていたわ。」
「え、いや、母上、これ8歳の子供が作るものじゃないですよ!」
「私もビックリしたわ。でも事実よ。幼女が彫刻刀を持っているのよ?使用人達と、怪我がないように私達が近くで見守っていたから間違いないわよ。凄いのよマリーは。このストールも作ったぐらいなんですから。」
母の肩にかかっている毛糸のストールに仰天する。
ベージュから薄いピンクへグラデーションをしていくレースのように複雑な編み方をしたストールだった。王妃様や他の女性たちの目がギラギラしているのは気のせいだろうか。
「まさか、去年のマフラーは…」
「…マリーが作ったものよ。」
「…聞いてませんよ、父上。」
「言って無かったな。すまん。マリーがどうしても手作りのプレゼントをお前にやりたいと…羨ましくてなっ」
「何、良い歳した男が息子に嫉妬しているんですかっ!てか、父上もマリーの手作りの品もらっていたんでしょうが!!」
「だって、お前のプレゼントは毎回マリーがすごく張り切ってて羨ましかったんだもん。」
全ての原因はこのクソ親父かっ!最初からマリーの手作りだと知っていたらマリーがこんな目に遭わなかったんじゃないか!思わず父の胸元の襟を掴むと、マリーが慌てて僕の腰にしがみついた。
「違うの、違うのよ!!お兄ちゃんっ、あのね、私がお父様に、内緒にしてってお願いしたの。」
「…マリーが?」.
「だって…都会にいるお兄ちゃんに私の手作りのプレゼントなんて…恥ずかしくなっちゃって…その、言えなかったの。」
恥ずかしそうにもじもじする妹に、今度は王妃様が胸を押さえた。わかる。うちの妹は天使だ。
「マリー…」
「あのー、しんみりした空気のところすいません。モーリントン夫人のストールを少し見せてもらっても?」
空気を読まない魔術師団長がのんびり手をあげて問えば、母上はどうぞとストールを魔術師団長に差し出した。
魔術師団長は虫眼鏡型の鑑定魔法具でストールを見聞する。
「あ、これ。聖具ですね。なんか、めっちゃ冷え性を改善するバフと、ハールナル神の祝福までついてます。このストールを装備した人間は多分、風邪などの病にかかりませんね。限定化されていて、夫人にしか効果ないみたいですが…、おそらくですが、ルーカス君もマフラーを貰ったそうですね?冬場風邪は引かなかったんじゃない?」
「あ」
そうだ。去年の冬も、今年の冬も風邪引かなかった。むしろ寒さを感じなくてポカポカしていた気がする。
「……つまり、マリーは。」
「紛れもなく、聖女だね。」
ぽかんとするマリーを僕はいち早く抱き上げた。予想があたればだが、マリーは多分大変な事に巻き込まれる。
「辺境伯!!是非、我々教会に聖女様を預けてくださいませんかっ!」
「断固拒否します。うちの娘はウチでのびのびと育てます。聖女だからと教会に閉じ込めて、聖具づくりをさせる気でしょう?やめてくださいよまだ8歳の子供を何だと思っているんですか。ウチの子は健やかに育った心優しい子なんです。子供の心を殺して将来の選択肢を無くすなんて、親としては賛同できませんな。」
飛び付かんばかりの教皇猊下に、飄々と父上は一刀両断で断った。権力に靡かず、譲らない父上のそう言うところは本当に尊敬する。
「夫人っ!聖女となればこの国最高位の女性となるんですよっ!」
「え、でも確か聖女につくと恋愛は御法度で結婚は出来なかったはずですよね?私もマリーの将来を考えると、最高位とかどうでも良いですわ。」
と、にっこり笑う母上はやはり最強だと思う。国王陛下も何か言いたそうだったが、となりの王妃様の靴のヒールが思いっきり足の甲に食い込んで口をつぐんでいる。
「ですが、実際問題マリア嬢は聖女です。彼女は将来的に他国や魔族に狙われる可能性がありますよ。辺境伯でも全てからは守りきれるはずがない。 」
その教皇の言葉に両親は苦い表情になった。たしかに、防衛面が十分かといえばそうでもない。その点、王都なら結界もあり魔獣も出ない。魔女の侵入を許してしまったが、王都の防衛力はたしかに辺境とは段違いなのだ。
「護りきれば良いのか?」
その声に僕はハッとする。
「バルト…?」
後ろで成り行きを見守っていた友人が、ツカツカと僕と妹の前にやってきた。
「マリア、俺ンちにくるか?」
「…お兄さん、だれ?」
「俺はバルト・ナーレス。ナーレス侯爵家の嫡男でお前の兄ちゃんの友達だ。」
「お兄ちゃんの?」
「ああ。まあ、少し後で兄ちゃんには絶交されちまうかもしれないけどな。」
そう言うと、バルトは跪き腰に差していた長剣を妹に捧げたのだ。その行動に、バルトの父の騎士団長はホウと面白げに微笑んだ。
「我が身に流れる勇者の血と、我が聖剣に誓う。我が剣の刃は貴女の敵を屠り、貴女の災いを斬り、貴女の人生の安寧をもたらすものであると。我が生涯を共とし、貴女を護りぬくとここに誓い、貴女にこの身、この心、この剣を捧げる。」
これは、間違いなく婚姻の申込みだった。
バルトに婚約者がいなかったのは訳がある。ナーレス家の血筋は勇者の血筋。伴侶として護る者を決めたら代々受け継がれる聖剣に宣誓すると言う家の掟があった。
バルトがマリーを護る対象だと宣誓したと言うことはマリーを嫁にしたいと言う明確な意志の表れだ。
「あら〜、絵本に出てきた聖女様と勇者様みたいねぇ」
「「ウチのマリーは、お前にやらん!!」」
楽しげな母と違い、僕と父上の声が揃ったのは無理もない事だった。
のちにこの珍事は語り草にされ、妹が嫁に行くまで続く友人との熾烈な戦いの始まりとなるのであった。
マリア「なんか乙女ゲーの爽やか騎士枠のイケメンに剣捧げられたけど、何故に?」
と困惑中。婚約者になると聞いてひぇっと膝をめっさ震わせる。
まさか、乙女ゲームの攻略キャラの婚約者=もしかして私って悪役令嬢!?と聖女の話をすっかり忘れるはめになる。ちなみに、乙女ゲームではないが兄ちゃんの友達がイケメンが揃っていたために誤解がすすみ、いつか婚約破棄されるのではとワクワクしている。
この後、王都のタウンハウスに安全確保されながらオタク活動に邁進する。
コミックシーモア様からから先行発売になります。こちらには、書き下ろしのオマケがあります。ちょっとしたプロローグの続きを書いてますので、気になる方はこちらをオススメ致します。
5月26日から販売開始いたしますのでよろしくお願いいた