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9話 ヘドロの人

「二次試験まで残り1ヶ月を切りましたね。コハク様、共に頑張りましょう」

「そうだね」


 もう1ヶ月経ってしまったんだ。現実の時間は非常に早くて私は内心焦りまくる。


 しかし隣を歩くお嬢様に悟られないよう笑顔を貼り付ければ、ササは優雅に微笑んだ。


「今日は久しぶりにコハク様と手合わせ出来るので楽しみです。最近は訓練が一緒になれないことも多くて寂しかったんですよ?」

「ごめんね。私も色々と試したいことがあってさ」

「謝って欲しいわけではないのです。ただ、コハク様は訓練以外だとあまり会えないので…」


 参加生同士が交流出来るのは主に訓練や食事の時間だけだ。

 けれど交流を制限されているわけではないので中には友達のようなものを作る参加生も居る。

 隣のお嬢様みたいに。


 私の場合はミチカゼが居たし、このプロジェクトの仕組みからして他の参加生と仲良くなろうとはしなかった。


 でも……


「じゃあ今日の夕食は一緒に食べる?その後時間があるのなら雑談でもしようよ」

「良いのですか?」

「うん。ササが良ければ」

「勿論です!わぁ…今から楽しみです!」


 本当ならササとも仲良くなるつもりは無かったのだが、あからさまに話したそうな顔をしていたので負けてしまう。


「一次試験の他にも話したいことや聞きたいことが沢山あったのです!あっ、コハク様もワタクシに何か聞きたいことがあれば遠慮なく聞いてください!」


 ここまで喜んでくれるとは。けれどあまり深入りはしない方が良いという考えは片隅に置いておこう。


 もし関係を深めた後にササが脱落してしまったらミチカゼの時のような絶望を味わうことになる。

 逆の場合もあり得るけど。


「…っ」

「コハク様?どうされました?」

「ううん。何でもない」


 私はまた来た一瞬の頭痛に顔を顰める。ミチカゼの奴、また百合展開に興奮しているようだ。


 私は見えない幼馴染を思い浮かべながらササと強化施設へ向かう。

 今日は他の参加生と同じ訓練をする日。ミチカゼの力を使わず己の力で戦う日だ。


ーーーーーー


 フロア内に金属が弾けるような音が鳴り響く。その瞬間、私の槍とササの剣が地面に落ちた。


「凄いですコハク様。以前よりも動きが速くなっていて驚きました」

「ササも的確に突いてくるから1秒も油断できないよ」


 手合わせを終えた私達はお互いに褒め称えあって自身の武器を特殊リストバンドに収める。

 息はどちらも上がってなかった。


「1回休憩しようか?」

「あっ、実は次の手合わせを申し込まれていまして。コハク様が居なかった時によく打ち合いをしていた子です」

「わかった。それじゃあ私は次の相手が見つかるまで休憩しているね」

「はい!それでは行ってまいります!」


 ササはそう言うと手を振りながら離れて行く。私とは真逆にどんどん交流の輪が広がっているみたいだ。


 そんなことを思いながら私は、フロアの休憩スペースに向かって別の手合わせを眺める。


「一次試験前とは全然違うな…」


 ここのフロアで訓練している人達は名前も顔もよくわからない。

 しかし雰囲気や身体の動きからしてレベルが上がっているのはわかる。


「……何のために頑張ってんだろ」


 私は誰にも聞こえない声でポツリと呟く。


 私とミチカゼはこのプロジェクトを否定するという理由で武器を振るっている。

 ササは崇拝するプロジェクトに合格するために戦っている。


 では他の人達は?みんなササと同じ考えなのだろうか。


『君のような参加生を沢山見てきた』


 以前、アリエラは私にそう言った。


 ということはこの中にも私と同じ考えを持つ人が居るかもしれない。

 ならその人は否定しようと戦っているのか。


「……きっとそういうのじゃないんだろうな」


 私は近くにあった給水機で水を汲み、喉を潤す。


 するとフロアの遠くから大きく地面に叩きつける音と人の悲鳴が聞こえた。


「何をやっている!?」


 すぐさま参加生を見張っていた教官が大声を出してフロア内を鎮まらせる。

 私はコップに口をつけながら様子を伺った。


「おい大丈夫か!意識はあるか!?」


 教官は音のした方へ走ると倒れている参加生に声をかける。しかし返事が聞こえないので気絶しているのだとわかった。

 その数秒後にはフロアに委員会の人達が担架を持って登場する。


 この一連を眺めていると、手合わせ中にやりすぎたのだと察した。


「お前何やっている!?いくら何でもあれはやりすぎた!」

「……じゃあ手加減すれば良いの?」

「そういうわけではない!しかし相手は人間だぞ!我々が敵対するモンスターとは違う!」

「………」

「聞いているのか!?」

「……戻ろっと」


 ここからでは教官と喋っているのがどんな人か見えない。

 それでも静かなフロア内には落ち着いた女性の声がよく聞こえた。


「ちょっと待て!まだ話は」

「帰る」


 女性は教官を放って出入り口に向かって歩いてくる。

 他の参加生は武器や魔法を収めて、その女性を見つめていた。


「あ」


 しかし出入り口に行く途中、休憩スペースの私と目が合ってしまう。

 女性は私を見て小さく声を出した。


 私は表情を変えずにその女性と目を合わせたままにする。


「ヘドロの人だ」


 女性はそれだけ言うと足を止めずに強化施設から出て行ってしまった。


 私はコップを持ったまま固まる。ヘドロ。それに関連するのはミチカゼの影魔法しか思い当たらない。


 しかし現在、ミチカゼは私から出てきていなかった。でも彼女は確かに私を見て「ヘドロの人」と呟いたのだった。

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