3話 姫男子
私はアリエラの言葉を頭の中で繰り返す。
「じゃあミチカゼは生き地獄に行かなくていいってことですか?」
「現状はな。ただし君がプロジェクトの脱落者になれば彼も道連れだ」
安心したのは一瞬だった。結果的には1人分の重みが私に加わっただけではないか。
私が失敗すればミチカゼにも影響する。
責めるようにベッドに貫通しているミチカゼを睨めば、彼はニヤリと笑った。
「なーに怒ってんだ。俺がコハクの式神になったってことは影魔法という武器が出来るんだぜ?」
「でも…」
「委員会が大喜びする理由がそれだ。今までの勇者育成プロジェクトでは魔法の才能と武術の才能、両方を持ち合わせている者は居なかった」
この国で行われている勇者育成プロジェクトの内容や仕組みの大半は公にされていない。
しかしどの国民でもわかるのがプロジェクト参加の基準。
それは“魔法が使える”または“武術のずば抜けた才能がある”かどうかだった。
「君は槍術の才能。ミチカゼは影魔法。今の2人は一心同体の形だから異なる才能を持っているわけだ」
「俺ら最強じゃねぇか」
「現段階ではな」
やっと理解が追いついてきた。
ミチカゼの勝手な行動で彼の人生を背負うことになってしまったが、その分私の生存能力は上がっている。
ミチカゼと影魔法、そして私の槍術を使えばプロジェクト合格の光は大きいのかもしれない。
「全く本当に凄いことしたね」
「でもお陰様で俺は脱落者にならずに済んだ。後悔はしてねぇよ」
「私の許可も取らずに……ね」
「ハハッ。嫌だったか?」
「別に。これから武器としてこき使ってやる」
「望むところだ」
ミチカゼは私の頭を乱暴に撫でる。子供の頃からされているこの撫で方は不思議と心を穏やかにしてくれた。
するとそんな空気を冷やすようにアリエラは咳払いをする。
「さて、委員会からの伝言だ。とりあえずミチカゼはプロジェクトから除名。これからはコハクの式神として今後のプロジェクト参加を許可する」
「っし!色々と無駄にならなかったな!」
「しかしだ。この件に関しては他の参加者にバレるのは許されない」
「え?どういうことですか?」
「色々と面倒なんだ。脱落者であろう者が式神になり生き延びたなんて他から批判殺到だろ。良いか?君達は例外の処置を受けたと思え」
よくよく考えればそれもそうか。
勇者育成プロジェクトが始まってから沢山の脱落者が出ている。
その人達はみんな、奴隷や実験台にされて人としての人生を歩めなかった。
本来ならミチカゼもそうなるはずだったのだ。
アリエラは空になったリンゴの皿を私から取り上げる。
「協力することは限られているが、一応私は君達の監督役だ。何かあれば相談くらいは受け付ける」
「あ、ありがとうございます…」
「二次試験は2ヶ月後。君達なりの戦い方を模索すると良い」
アリエラは私の掛け布団をゆっくりと捲って手を差し伸べる。
私はその手を握れば優しく引っ張られた。
「顔色は戻ったな。部屋まで送ろう」
「うぉぉお!!来たこの展開!」
「ああ……また始まった」
アリエラの手を使ってベッドから降りればミチカゼが興奮したように叫び出す。
そう、こいつは極度な姫男子。女性同士の接触や恋愛に喜ぶ性癖を持っていた。
たかが手を握っただけで全てを恋愛脳に連結させるくらい極端だ。本当に面倒臭い。
「うるさいぞ。さっき言ったことを忘れたのか?」
「アリエラさん気にしないでください。いつものことなんで」
「そうか。ならミチカゼ、一旦消えろ。他の参加生にバレるぞ」
「はいよー」
アリエラに注意されたミチカゼは怠そうな返事をして私の身体に近づく。
そしてそのまま吸い込まれるように私の中へ入って行った。
「式神ってこんな感じで収納されるんだ…」
「今までの参加生でも影魔法を使う者は少なからずいた。しかし式神として生きれたのはミチカゼが初めてだ」
「でも資料があるってことは式神になった人も居るんですよね?」
「実験台でな」
私はゾクリと肩を震わせる。
きっとその人は脱落して、魔法を研究するために使われたのだろう。やっぱりイカれている。このプロジェクトは。
「そんな怖い顔するな。仕方ないことだ」
「………」
「まぁ例外の君は私という大物を味方につけている。ミチカゼと共に有効活用してみろ。ほら、スマホを出せ」
アリエラは懐からスマホを取り出して私に向ける。私もここに来てから支給されたスマホを手にしてアリエラと連絡先を交換した。
「何かあればすぐに呼んでくれ」
「ありがとうございます」
私はアリエラと共に医務室から出ていく。
プロジェクト参加生が住まう宿舎内は相変わらず冷たい雰囲気が漂っていた。
「送る前に1つアドバイスだ」
「何ですか?」
「お前達は急ピッチで鍛えないと二次試験で地獄を見るぞ。生き地獄でもない死に近い地獄を」
またアリエラの圧に動揺が生まれる。それでも私は唾を飲み込んでぶっきらぼうに返事をした。