2話 式神となった幼馴染
「起きたか」
「あ、アリエラ……さん」
怠重い感覚があって目を覚ます。どうやらプロジェクト会場から医務室に運ばれたらしい。
ベッドに寝る私の隣には騎士団長アリエラが座っている。
腕を組んで私を見下ろす姿は圧に塗れていた。
「教えろ。あの時何があった」
「………」
最低限の問いかけでも何を聞きたいのかがわかる。それでも私は黙っていた。
「はぁ…とりあえずこれを食べろ。サバイバルプログラムから帰って何も腹に入れてないだろ」
アリエラは近くに置いてあった皿を私に差し出す。そこにはうさぎの形に見立てたりんごが置いてあった。
「これ、貴方が?」
「悪いか」
「手先器用なんですね…」
「ちなみにペンギンの形にも切れる。本気を出せばハクチョウだって作れるぞ」
「へぇ」
意外と調理能力が高めの騎士団長さんだったみたい。
無人島でもロクに食べ物を口にしてなかった私は躊躇わずにうさぎ形のりんごを食べ始めた。
「そういえば身体臭くない……」
「君が寝ている間、勝手に洗わせてもらった」
「それはどう……いだっ」
「どうした?」
「いえ。一瞬頭痛が」
「一応身体検査では問題無かった。身体検査はな」
「な、何ですか。その意味深な感じ」
「知りたいのであればあの時のことを教えろ」
ちょっとだけ親近感のようなものを持ったけどそれは一瞬だった。
その目をされるとこの人は騎士団長なのだとわからせられる。
きっと私達はこの人から逃げる術を持っていない。プロジェクト会場で呑気に立てた逃亡計画が馬鹿らしくなった。
「……あの時はミチカゼが影魔法を使いました」
「それで?」
「後はわかりません。気付いたらここで寝ていたし」
「ほう」
ミチカゼの影魔法に取り込まれたのは覚えている。そしてその中で喋ったことも。
けれど肝心なことはよくわからないのだ。私の武器だとか式神だとか。
「君の口から聞きたかったが仕方ない。直接本人に聞くしかないな」
「本人?」
「トリックは見抜いているんだ。騎士団長を舐めるなよ。ミチカゼ」
アリエラがミチカゼの名前を呼んで私は一瞬呼吸が止まる。
まるでそこに本人が居るように言うのだから……
「流石騎士団長サマ。影魔法をよくご存知で」
「は?」
すると私の肩に重みが掛かる。振り返ればニカッと笑ったミチカゼが居た。
しかし私が目を見開く理由は彼が後ろにいたことではない。
ミチカゼの上半身はベッドから突き抜けていて、下半身は貫通したように隠れている。
「ミチカゼ、あの時死んだの?」
「物騒なこと言うな!言ったろ?コハクの式神になるって!」
「いや言われたけど!言われたけどさ!」
「はぁ…うるさいな。2人とも少し黙ってくれ。他の職員が来るぞ」
言い合いが始まる私達をアリエラは冷静に黙らせる。
ため息と共に放たれた圧は凄まじく口を閉じる他なかった。
「その様子だと君の方はミチカゼや影魔法について本当に何も知らないようだな」
「私は魔法専門外なので…」
「通りで聞いても答えられないわけだ。なら騎士団長である私から説明させてもらおう。ただ私は、君達と違ってプロジェクトにも参加出来なかった凡人だ。多少の間違いはあるかもしれん」
アリエラはポケットから小さなメモ帳とペンを取り出すと何かを描きだす。
普段着用しているゴツい鎧の中には意外と真面目な品が入っているらしい。
「まず影魔法は名前の通り影を操る魔法だ。人の影や建物で出来た影をリアルに顕現させて自分の物として敵を倒す。そんな操れる影のことを式神と言う」
「式神…」
アリエラは人型クッキーと焦げた人型クッキーの絵を見せてくれる。
たぶん焦げた方を式神と言いたいのだろう。
「大体影魔法の使い手は式神を操る戦い方をする。けれどそれとは別の妙な技があるのだ」
「それが今の俺だな」
「私が説明している。黙れ」
「すんません」
次にアリエラは焦げなかった人型クッキーを黒く塗り潰す。
「その技は自身を影に染めて自ら式神になる技だ。政府の資料によれば影魔法の使い手にとっては無意味で要らない技と言われているらしい」
「でも自分が式神になったら強くなりそうな気がしますが」
「良いか?式神というのは操る主があってこそ成り立つものだ。自身が式神になったとしても操ってくれる人が居なければ何も出来ない」
私はチラッとミチカゼを見る。今のミチカゼは自身を影に染めて式神となった状態。
そして式神は操る主が必要。
最終的に導き出せる答えは……
「まさか私を主にしたってわけ?」
「その通り!理解力無いくせにこれは1発でわかってくれたんだな!」
余計な言葉が含まれていたので私は後ろへと腕を振りかぶる。
ミチカゼはケラケラ笑って私の腕を掴んでいた。
「つまり一次試験後のミチカゼは自身が式神になる魔法を使った。その結果がこの状態だな」
「結構ヤバいことしたんだね…。ってか何でそんな魔法使えるの?まだプロジェクト始まって少ししか経ってないじゃん」
「ハハッ、俺の才能ってやつだな」
「ウザい」
私は呆れて腕を下ろすと同時にアリエラもメモ帳を閉じる。
特に絵が役に立ったわけではないが何も言わないでおこう。
するとアリエラは腕を組んで大きくため息をつく。
「そんな君達の結果を踏まえてプロジェクト委員会は大層喜んでいた」
「……はい?」
「だから稀なる才能の誕生に大喜びだ。よってミチカゼが君の式神としてプロジェクトに参加するのを許可した」