16話 二次試験【討伐完了】
その頭痛を合図に私は槍を引き抜いて踏み出す。
力を入れたせいで背中から液体が垂れる。しかしそれを気付けるほどに私は冷静になっていた。
「ミチカゼ!」
私は突き破った窓から再度外へ飛び出すとタイミングよくビルの影が生成される。
この数十分の戦いでミチカゼが作る式神の強度の無さを痛感した。
現段階で建物の式神での攻撃は無力に等しい。
なら二次試験は私の槍で倒すしかない。
「ミチカゼ、あの信号機の影を作って斜め右へ突き抜けるように生成して」
「おう!!」
今度はちゃんとミチカゼの返事が聞こえた。私は少し安心して鼻で笑う。
式神ビルの上に降り立った私は高速で駆け抜けて指示した信号機へ向かう。
ビルから飛び降りた瞬間、前の式神はヘドロとなり次の式神が私に目掛けて伸びてきた。
「ナイスミチカゼっ…」
ビルと比べて足場が小さい信号機の上に私は無事着地する。
そしてその勢いを逃す前に、私はミチカゼに襲い掛かろうとしていたゾンビの方向へ足を蹴った。
「行けぇぇ!!コハク!」
ゾンビは死角から現れた私に戸惑いを見せる。その隙を利用して私は躊躇いなく槍を横へ振り切った。
先ほどよりもスムーズに深く槍が入る。首辺りに傷を付けられたゾンビは低くも耳に障る悲鳴を上げる。
「……弱虫め」
大型モンスターへの恐怖が完全に消えたわけではない。
でも与えられた“案外そんなもんか”の攻撃が私の余計な力を抜かせて自由に槍を踊らせた。
ずっとスラム街で生きてきた私はビビりはあれど弱虫は無いと勘違いしていたらしい。
弱虫で怯えてしまったから心を無にして槍を入れられなかったのだ。
「ミチカゼ、その電柱の影を作り真っ直ぐ突き抜けるように生成して操って」
「おう!」
私は2発目の攻撃をゾンビの背中付近に差し込む。
そして重力に任せてそのまま落ちながら削っていると、地面から電柱の式神が伸びてきた。
片足を電柱の一部に引っ掛ければ、生成の勢いで私と槍は空へ上がっていく。
ゾンビの背中には更に抉れるような傷を入れられた。
「仕返し成功…!」
「やったれやったれ!連携バッチリだぞコハク!」
いつもならここまで計算して動けない。こう言った連携攻撃を考えるのはミチカゼの得意技だ。
でも今、連携の鍵を握って的確に指示を出しているのは私。何だか興奮してくる。
「良いじゃんこれ」
背中も頭も心臓も熱い。私は初めて戦うのが楽しいと思った。
電柱は高くまで伸びるとしなやかに弧を描く。ミチカゼが式神を操ってくれるお陰で物質には出来ない動きを合わせてくれた。
私の身体は弧を描いた電柱が元に戻る反動で吹き飛ぶ。
ビルへ飛ばされた時より心地よく風を感じれた。
「ありがとうミチカゼ」
上下に削ったゾンビの背中にはパックリと穴が空いている。もう成す術がないのか奴は痛みにもがいているだけだった。
私は柄の中心を持って刃先を下に向ける。後は仕留めるだけ。
もう知らない誰かの悲鳴も骨の音も思い出せなかった。
「消えろ」
槍はゾンビの脳天に突き刺さる。背中の傷を殴られた仕返しと言わんばかりに私はグリグリと刃先を回した。
ゾンビは私からの攻撃を受けた瞬間、声も出さずに静かになる。
数秒後には身体が光の塵となって爆発したかのように一気に消えた。
「え、待って」
こんなすぐに消えるなんて思ってない。私はチラッと視線を下げれば目の前に地面が迫っていることに気付く。
「コハク!!」
「ぐえっ」
しかし間一髪、ミチカゼが滑り込んで私のクッションになってくれた。
その後を追いかけて槍は近くの瓦礫に落ちる。
「やったなコハク」
「うん……」
「早く退いてくれないか?重くは無いけど苦しいんだ」
「それは重いって言ってるようなもんじゃん」
「いや重くは無いけど…」
「………」
「どうした?」
「血ってどれくらい出たら失神するの?」
「そうだお前やられてんだ!!」
ミチカゼの身体へうつ伏せに覆い被さった私は背中の違和感に顔を顰める。
まだ後1体のモンスターが残っているのに血を流したままではヤバい。
ミチカゼは若干浮かせていた身体を地面へ潜り込ませ、モグラのように再度地上へ出た。
「本当に便利な身体だね…」
「死ぬなよ!絶対死ぬなよ!」
「これくらいじゃ死なないけど不安になるから言わないで」
「すまん!今手当てするから救急用具出してくれ!」
私は崩壊都市に転送される前に配られた包帯などを特殊リストバンドから出す。
「これの仕組みってどうなってんだろうね…」
「いつもならそんなこと気にしないだろ!意識ちゃんとあるか!?」
「あるから喋ってるじゃん」
また始まった。ミチカゼのオカンモードが。
スラム街に居た時も私が怪我をすればこんな風に取り乱していた。
そして素早い手つきで治療を始めるのだ。今みたいに。
「だいぶ引っ掻かれたな。ゾンビだったしウイルスも心配だ」
「所詮はホログラムなんだから平気じゃない?」
「ホログラムでもここまで傷できてんだぞ!?ホログラム舐めんな!」
「何様よ……」
躊躇せずうつ伏せの私の服を脱がしてミチカゼは消毒をしていく。
そういえばこいつ、私の裸体には興奮しないんだった。
私もミチカゼに見られる恥ずかしさなんて無いからスンとしている。
ただ、1つだけお願いしたいことが。
「あのさ、ミチカゼ。せめて服脱がすなら崩壊都市のど真ん中じゃなくて屋内とかにしてくれない?」
「マジでごめん!!」