1話 脱落者は幼馴染
「勇者育成プロジェクト一次試験、終了。参加生は動かずそのまま待機」
試験官の声が聞こえて私はゆっくりと目を開ける。
さっきまで無人島でサバイバル生活をしていたはずなのに、いつのまにかプロジェクト会場へ転送されていた。
「参加生諸君!約2週間のサバイバルプログラム試験ご苦労だった!この一次試験では己の生きる力を実感し、自然を従える辛さを知っただろう!」
書類を片手にしながらメガホンを構える試験官。
元々声が大きいからメガホンなんて要らないでしょ…と私は静かにため息をつく。
そんな時ふと、私はどこからか向けられる視線に気付いた。
その目の持ち主は幼馴染のミチカゼ。彼は私と目が合うと小さく微笑む。
身体は何も傷が出来てないので私は安心して頷いた。
「さて、諸君も気になっているはずだ!一次試験の合否を!」
そして遂にこの時が来てしまう。プロジェクト会場の空気が一気に緊張感で溢れた。
私も数秒遅れて心臓がバクバクと鳴り始める。
「今から発表するのは脱落者のみ!名前を呼ばれた者は脱落者としてこの場に残りたまえ!」
試験官は息を吸い込むと1人ずつ名前を上げていく。名前を呼ばれた者は全員が膝を折り、これからの人生に絶望を示した。
「っ……」
私は自分の手を握りしめて恐怖に耐える。
一次試験のサバイバルプログラムでは獣が沢山いる無人島に飛ばされた。
いつ喰われるかもわからない状況はとても怖く、1人という事実が余計に不安を募らせた。
しかし今この場に立って私は、無人島の獣より怖いものがあると悟る。
「ああ…ああ…」
隣に居た女性も名前を呼ばれてしまったみたいで廃人のように同じ言葉を溢していた。
脱落者。それは勇者育成プロジェクトで結果を残せず、不適正とされた人。
脱落者はプロジェクトから除外され、人として扱われない第二の人生を歩むことになる。
奴隷、人体実験。不穏な単語が私の脳内に浮かんだ。
「ミチカゼ。以上が一次試験の脱落者だ」
「……は?」
私は知っている名前が試験官から出てきて震えが止まる。
確かにこの人は幼馴染の名前を言ったのだ。
私は目を見開いたままミチカゼの方を向く。
彼は他の脱落者と違って膝は折らず呆然と立ち尽くしていた。
「嘘、ミチカゼ…」
「脱落者はここに残るように!名前を呼ばれなかった参加生はおめでとうと言っておこう。ただし気を緩めるな。すぐに二次試験が諸君を待っている」
試験官はそれだけ言うとプロジェクト会場から出て行く。
その瞬間、会場内には脱落者達の絶叫が響き渡った。
「ミチカゼ!」
「コハク…」
私は慌ててミチカゼの元へ駆け出す。彼は顔を真っ青にして私の名前を呟いた。
「ね、ねぇ嘘だよね?ミチカゼって他に居るよね?」
「…居ないだろ」
「………」
「ごめんコハク。俺、何がダメだったんだろ」
いつもは眩しいくらいに笑うミチカゼが今ではハイライトが無い目で私を見てくる。
信じられない姿だった。
「やだよ。脱落したら生き地獄なんだろ…?」
「ミチカゼ…」
「奴隷か?それとも実験台か?俺どうなるんだよこれから!」
私はミチカゼの叫びに何も言えなくなる。
勇者育成プロジェクトで落ちてしまった者の第二の人生。それは奴隷として扱われたり、人体実験の材料として使われたりすること。
通称生き地獄と呼ばれる下民以下の生活がミチカゼを待っていた。
「……コハク本当にごめん。約束したのに」
遂にミチカゼは膝を折る。そして溶けるように地面へ座り込んだ。
私は彼の背中に手を付けながらしゃがむ。悲しいはずなのに涙は出なかった。
「イかれているこのプロジェクトを2人で否定してやろうって言ったのに、否定する前に終わったな」
「……逃げる?」
「それしたらコハクまで生き地獄だぞ」
「……」
「嫌だろ。生き地獄」
名前を呼ばれなかった一次試験の合格者達は次第に会場を去って行く。
知り合いさえ参加していなければここに居る全員がライバルなのだ。
1人、また1人と去って無人島で臭くなった会場内の体臭が薄くなる。
「脱落者共、時間だ」
するとプロジェクト会場に凛々しい声をした女性が登場する。
顔を上げるとそこにはこの国の騎士団長であるアリエラが立っていた。
「毎回一次試験が終了した時には脱落してない参加者も残ることが多い。ライバルとはいえ、同じ釜の飯を食った仲間が生き地獄へ行くのだからな。でもそんなの二次試験からはどうでも良くなる。今回だけは見送りを許そう」
アリエラは鋭い目つきで会場に残る参加者と脱落者を見渡す。
そして筋肉質の腕を会場の大扉へ向けた。
「脱落者共。君達はこれから身体検査を行う。検査で適正が出た者は我が国の研究棟へ。不適正だった者は数時間後に行われるオークション会場へ」
慈悲もない声と言葉。きっと騎士団長の立場で何万人もの脱落者を生き地獄へ送らせたのだ。
私は悔しくて歯をギリッと鳴らす。ミチカゼは喋ることなく顔を俯かせていた。
「さぁ早くしろ脱落者共。君達が一次試験合格者の時間を奪っているのだぞ」
アリエラがそう言うと1人の脱落者が立ち上がる。そしてフラフラとした足つきで大扉を潜って行った。
「怖いだろうがこれも運命だ。君達は神に選ばれなかっただけ。受け入れろ」
この人の言葉には妙な説得力がある。それでも私は心の中で憎悪を育ませた。
「ミチカゼ、逃げよう」
「………」
「ミチカゼ」
少なくとも私達は勇者育成プロジェクトに“選ばれた人間”だ。
私は武術の才能。ミチカゼは魔法の才能がある。
騎士団長であるアリエラと戦うなんて無理な話だけど、彼女は“選ばれなかった人間”。
逃げるくらいなら出来るかもしれない。
「ねぇミチカゼ!」
「……嫌だ」
「え?何が?何が嫌だって?」
「行きたくない」
「行きたくないから逃げるんじゃ…」
他の脱落者は次々と大扉へ歩いて行く。会場に残る人は少なくなってきた。
「おい、そこの2人。何している」
するとアリエラが私達を睨みつける。ボソボソ何か喋っていたので不審に思ったのだろう。
私は唇を強く結んでミチカゼの背中を叩く。
「ミチカゼ!」
「お前を……1人にさせられるかよ…」
「えっ」
ミチカゼが私の胸ぐらを掴む。頭を上げたミチカゼの顔は涙で濡れていながらも瞳には強い光を感じられた。
「脱落者!さっさと大扉へ行け!」
「うるさい黙ってろ!!俺が居なくなったらこいつは1人になるんだよ!」
ミチカゼが叫んだ瞬間、彼の魔法が発動される。
ミチカゼはプロジェクトで影魔法の才能を開花させた。黒いヘドロのようなものは彼の真下から広がり、私に絡みつく。
「脱落者!魔法を停止させろ!でないとその腕を斬るぞ!」
アリエラは自身の武器である大剣を引き抜いて私達の方へ走ってくる。
しかし影魔法は止まることなく私とミチカゼを包み込んだ。
「ミチカゼ!?どういう作戦なの!?」
「俺は人としての生き方を捨てる」
「何言って…」
「その代わりお前の武器として生きる」
辺りは真っ暗になってミチカゼの姿しか見えない。
何をするかは見当もつかないが、ヤバいことをしようとしているのは一目瞭然だった。
「奴隷や実験台になるのならコハクの武器として戦った方が数倍良い。このイかれて腐ったプロジェクトを2人で否定しようぜ」
「ミチカゼ…」
「お前は俺の唯一の家族で兄妹だ」
「違うよ。私が姉だよ」
「ハッ、仕方ねぇな」
ミチカゼの身体は影となり私の身体に入り込んでくる。不快感も痛みもない。
ただ力強い勇気が心の奥底から湧き上がった。
「これで俺はコハクの式神だな」
脳内でミチカゼの声が聞こえてくる。私は次第に頭がボーッとしてきて意識を手放した。