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最強令嬢の秘密結社  作者: 鹿音二号
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懐かしい学院で

学院を休んでしまいたかったが、本当の病気でもないのに何日も休むわけに行かなかった。


聖オラトリオ学院。

国が運営する教育機関では、特別大きなものだ。


ホーリース帝国は、魔法を使える者を尊く高貴なものとしている。

魔力は人間すべてが持っているわけではなく、またそれを力として具現化し、奇跡を起こすことができる者はさらに少なくなる。


そんな魔法を使う者――魔術師が、学ぶ権利と義務を有する学院はいくつもあるが、聖オラトリオ学院は世界最高峰にして、最大だった。

この学院に入れば、魔法の使い方、ありとあらゆる技術、研究、法律や倫理など、魔術師としてのあり方を徹底して学べる。


魔とは、至高の神の力である。

それがホーリース帝国の理念であり、それを存分に生かした学院では、優位に立つ魔術師の責任も教える。

ノブレス・オブリージュ……魔法を持てなかった下々の者に、あらゆる施しを。


つまり――

魔術師がしていいことと悪いこと、しなければいけないことを教えてくれるのだ。

と、理解することを諦めたミズリィは入学以来そう思っていた。

間違ってはいない。

それに、魔法の使い方は本人の資質が関係するので当人が頑張らないといけないが、学問や法律、権利のことは、まわりが教えてくれたり処理をしてくれていた。あまり勉強ができないのでありがたく人の意見は聞いている。


だが、それでも。

学院は生徒に公平である。

魔力も技術もトップのミズリィ公爵令嬢が、他の成績が悪すぎて最高ランクである特級に上がれず、講義の単位が危ういことには変わりなかった。

せめて講義は出るだけでも出なさい、と入学した頃に学院長が直々に言われたのは、やはり貴族――魔術師を代々輩出する家系のその中でも魔法の粋を極めたペトーキオ公爵の血筋だからの贔屓だろう。


まあ、つまり、休めば休むほど、ミズリィの卒業が遠のいていくのである。

それに、何かしていないとまた処刑の瞬間を思い出して気が滅入ってしまうというのもある。


「まあ、ミズリィ嬢。お加減は良くなったのですか?」

「ミズリィ様、無理はなさらないで……」

「まあ、ありがとう。大丈夫よ」


講堂に入る前から、ひっきりなしに声がかかる。

公爵令嬢が一日でも休めば、目ざとい人々……特にこの帝国の貴族の子女の生徒は、何があったのかをしつこく探るつもりだろう。

それは帝国に貴族として生まれたからには、当たり前だった。公爵家令嬢へ、見舞いを、手助けは、とご機嫌を伺おうとするのは。


学院の規則で、メイドや侍従は連れて入れない。誰々にご挨拶を、と伺う手紙や連絡係がいないので、パーティーのとき以上に自分で動かなければいけない。それを面倒だという人もいるけれど、ミズリィは一度に何十通も手紙を貰わなくて楽だなと考えていた。


「――ご機嫌よう、ミズリィ・ペトーキオ様」


そんな中、席についたミズリィにひとりの少女が近寄ってきた。

小柄な娘だった。平凡な顔立ちだが、きれいな紫の髪を肩が過ぎるくらいまで伸ばし、愛想よくお辞儀をする、その仕草は完璧だった。


「ご機嫌よう、スミレ」


彼女は、この進学コースのクラスで、数少ない平民だった。


魔術師は貴族であるとほとんど決まりきったはずだが、偶に平民にも魔力を持ったものが生まれる。

魔術師になれるほどの魔力を持つ理由は、血統であるとしている説が一般的だった。

なのに、魔力を持たない両親から、魔術師の子が生まれるのは、どうしてだろうかと長い間議論されているが、まだ分からない。


ともかくこのスミレは、そうした平民から出た魔術師だった。

たしか、成績優秀、品行方正、何事にも卒がなく、貴族ばかりのこの進学クラスでもよくやっている。


本来なら更に上の特級コースにも行けるはずだが、残念なことに魔力の量が少なく、できる魔法が数えるくらいしかないためほとんど単位が取れないのだという。

まるで、ミズリィと逆だった。


スミレは、濃い茶色の丸い瞳でにこりとミズリィに笑ってみせた。


「昨日はお姿を拝見できず、案じておりました。本日はお会いできて嬉しいですが……ご無理はされずに」

「ええ、ありがとう。……」


またお辞儀をして、スミレはすすっと横に退いた。すぐさま別の令嬢がやってきて、同じような挨拶をしてくる。

スミレは、別の子息に声をかけていた。よく見れば伯爵の息子で、その次はまた家柄が近い伯爵の令嬢。

やはり、序列順に完璧に挨拶している。


「何を見てるんです?」


突然、真横で声がして、あら、と見上げるとそばに見知った少年が立っていた。

懐かしい、ととっさに思ってしまったのは、前世でもこのクラス一緒になり、学院を出ても付き合いがあった人物だったからだ。

明るい茶色のふわりとカールした髪、背が高く、細身の、やや大人びた顔立ち。


「ご機嫌よう、イワン」

「おはようございます、ミズリィ嬢。昨日は突然お休みだったからびっくりしたよ」


彼、イワン・ビリビオは気安くそう言って、空いた隣の席に腰掛けた。それを見て周りの貴族子女たちはさあっと波が引くように離れていった。


ビリビオ家は子爵だが、その権力は帝国でも有数だった――多数の貴族、皇家とも取引する銀行家、それがビリビオ家。

もちろん貴族であるから、魔力を持つ家系だ。けれど5代前の当主が始めた銀行業の大きさが有名だ。


学院で、彼に逆らおうとするものはいない。

どうやら、イワンの機嫌を損ねてビリビオとの取引をやめさせられた貴族がいたらしいという噂だ。

けれど、イワン自身は親しみやすい性格で、調子のいいところはあるけれど悪い人ではなかった。

噂のこともあって、少し孤立気味だったところを、ミズリィはたいして気にもせず話しかけた。ペトーキオ家とも取引はあり、幼い頃に一度会ったことも思い出して、『今』では気のおけない友人だった。


(いつの間にか、嫌われてしまったけれど)


ミズリィが未来で処刑される前には、友人関係も取引も、断られてしまった。

今は、友人であるイワンは、にやりとちょっと悪い顔をした。


「で、どうしたんだ。サボり?」

「まあ、わたくしはそんな怠け者に見えて?」

「冗談だよ冗談。そんなに調子が悪くなさそうだね。良かったよ」

「……ええ。2日も休むわけにいきませんもの」

「ああ。ノートは後で見せるよ。オデットも君のことを気にしてたよ」

「ご心配をおかけしたみたいですわね……オデットは?今日はお姿を見ていませんわ」

「ああ、いつもの用事さ」


同じく友人のオデットの家は複雑で、よく家の事情で休んでいた。元々成績はよく、学院も事情を汲んで講義を休んでも免除扱いのようだ。


「……お会いしたかったですわ」


こうやってまた会えるのだから。


――まだ、夢を見ているようだ。

本当は死んでしまっていたのだとしても、幸せな夢の中で友人たちと楽しく会話できるのは、嬉しい。

オデットも、まっさきに会えなくなった友人だった。

ミズリィが周囲の異変に気づくきっかけでもあった。もう一度話したい。大切な友人だった。


「……君は……」


イワンが何かを言いかけて、口を噤む。肩をすくめて、


「――もしまだ体調が悪いなら、無理することはないさ。僕やメリーたちがいくらでも授業の遅れはないようにするし」

「……ふふ、ありがとう」


こうやって、会話できることが楽しい。

もうひとりきりではないのだと思えるから。




空き時間に、一人になりたくてそっと講義棟から離れた。

こんなにひとが多くて、ずっと話しかけられて見られているのはひさびさで、ちょっと疲れてしまったのだ。

昔は全然苦痛じゃなかったのに、ひととき人が離れて一人ぼっちだったときがあると、なんだかとても忙しい気分になる。


学院の裏手の、庭の一つにミズリィは足を運んだ。日当たりが悪く、花もあまり植えられていないので人気が少ない場所なのだ。

今の時間は講義がある者も多いので、人はいないだろうと思っていたのだけれど……


(――あら?)


木陰に隠れるように、誰かがいた。

こちらからでは樹の幹に半分隠れていて、芝の生えた地面に直に座り、なにか作業をしている背中が見える。

その髪の色に、見覚えがあった。

美しい色合いの紫。ミズリィの目の色より落ち着いて穏やかだ。


(たしか……)


驚かせないように、そっと前に回り込む。


「ごきげんよう、スミレ」

「へっ!?ごっ、ごきげんよう、ペトーキオ様……」


ミズリィの声にびっくりしたスミレが、慌てて立ち上がったので彼女の膝からバサリと何か落ちた。

くすんだ緑色の、衣服のようだ。


「まあ、驚かせてごめんなさい」

「いいえ、ぼうっとしておりましたので……」


お辞儀をして、スミレはそのまま立ち尽くした。どこかそわそわとしている様子が、いつもと違うように見えた。貴族のクラスメイトの間にいても、物怖じしないようだったのに。


「遠慮はしなくていいですわ。私が邪魔をしてしまったんですもの……あら、そちらは」


近づいていくと、彼女の足元に小さな小箱があって、その中に針や糸がしまわれているのが見えた。


「……お裁縫箱?刺繍でもなさっていたの?」

「えっと……はい」

「ああ、わたくしのことは気にせず。ここは静かで良いですね、集中できそうですわ」


風が吹いたので、髪が乱れそうになって手で押さえた。

それをぽかんと見つめるスミレの、肩まで伸ばしたきれいな紫もそよいでいる。


「少し、ご一緒しても良いかしら。作業の邪魔はいたしませんわ」

「え、……ええ」


バツが悪そうなスミレの隣に立ち、まだ拾われなかった衣服をかがんで取ると、悲鳴のような声が聞こえた。


「ペトーキオ様そんな……!」

「いいえ、驚かせてしまったもの。はい」


以前なら自分の扇子が落ちても従者に取らせていたし、外でならそうする。けれど、学院には連れてこられないし、さらに、しばらく誰一人として近寄ってくれなかった経験が、ミズリィにこうやって人への気遣いを自然にさせるようになっていた。

けれど、スミレの顔色は悪く、さっとその服をミズリィから受け取ると、膝を折って地面に座ってしまった。


「申し訳ございません……!このような汚れたものをペトーキオ様に触れさせてしまい、」

「汚れなどありませんでしたよ?女性用の外套ですわね、あなたのものでしょう?」


けれど、それに刺繍していたわけではないだろう、外套だから分厚い生地だ。繕い物だったのだろうか。

なにかの理由で破けてしまったのをこっそり直している最中だったのだろうか。申し訳ないことをした。

子女が学院でそんなことをしているのはみっともないと言われそうなことだ。


「私が勝手にやったことですもの。私こそごめんなさい、急に話しかけてしまったし……」

「いいえ、ペトーキオ様のせいでは……」

「そうですわ、お詫びに、外套をお送りしますわ」


言ってから、名案だとミズリィは思った。

お詫びにもなるし、彼女もこそこそとする必要がなくなるだろう。


「え?」


きょとんと、スミレは顔を上げた。


「繕うのも大変でしょう?新しいものに替えれば――」

「いいえ、そんな恐れ多い。お先に失礼いたします」


さっと、スミレは立ち上がった。

スカートをさばき、礼をしてからさっさと裁縫道具を片付けて立ち去ってしまった。

その小さい背中を見送ってから――


「――え?」




「また、どうしたんだい。体調が良くないなら帰宅も構わないだろう?」

「いいえそうじゃないの……」


次の講義に合わせて移動した先で、イワンが心配そうに近寄ってきた。


「私……なにか失礼なことをしたかしら……」

「おや、公爵令嬢の君が気を使わなければならないような相手がこの学院にはいたかな」

「そんなことではないのよ」


うんざりと手をふると、ちょうど教授が入り口から入ってきた。

イワンはちょっと考えてから、


「相談は聞くよ、また後で」

「ありがとう」


友人の、心遣いがありがたい。

イワンはすぐ近くの椅子に座った。


スミレは……ミズリィのはるか前の席に、先程から座っていた。一度も振り返らないから、ミズリィがいることにも気づいていないかもしれない。


なんとなく悲しくなって、そっとため息をついた。

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