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最強令嬢の秘密結社  作者: 鹿音二号


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満ちる潮のように(2)

 大きな、風船が割れるような音と、ガシャンパリンと硬質な物が割れる音。


 ホールの隅の方で、人だかりができそうになっている。


「――魔法!?」


 こんなところで、攻撃的な魔法を使った人がいる。

 ミズリィはドレスの裾を持ち上げ、ヒールで苦労しながら走る。


 ざわざわと人が集まっては、悲鳴を上げて数人逃げてホールの外へ。


「何事ですか!」


 リックファー侯爵と、テリッツ皇子もその騒ぎへと向かう。


(まだ魔法が使われているわ!)


 貴族全員が、少しなりとも魔法は使える。

 誰かが攻撃魔法を使い、それを周囲の貴族の魔術師が押さえているのだろう。


 先程聞こえた小さな子の叫びが気になる。


「通して!」


 ミズリィが叫べば、人々は気が付き、さあっと道ができた。


 その開けた空間に、ひとり、ぽつんと女の子が立っていた。金髪の、白いドレスを着た10歳くらいの幼い少女だ。

 周囲は魔法で薙ぎ払われて、さらに魔力の渦ができるほど放出されている。


 ――その小さな子から、この純度の高い、膨大な魔力が流れ出ている。


 ホールの一角だけの被害で済んでいるのは、テリッツ皇子や侯爵、そしてフラワーデン公爵夫人など、魔術師としての素質が高い貴族が抑えているからだ……彼らの力で、ようやく、これだけで済んでいる。

 ゾッとするほどの力だ。


 純粋な魔力なら、希代の魔術師と言われることになるミズリィ・ペトーキオよりも、強い。


「あちらの少女はどなた!?」

「わ、私の、娘です……!」


 近くで座り込んで、手当を受けている恰幅のいい男性。礼服は血で染まっているが、どうやら治療魔法を受けて今は怪我が消えているらしい。


「私の……ああ、アリッテル……」


 後悔したように男性はうつむく。


「アリッテル・イリス・ローディイース様?」


 近くに来ていたオデットが、ふと囁く。


「分かったわ」

「……まさか、あれをやるつもりか」


 メルクリニが、腰に手を当てて、顔をしかめている。


「クソ、剣がない」


 だからドレスは嫌なんだ、と言いながら、


「万が一の避難を誘導しよう。……ポラスティン様!」


 メルクリニは副団長を見つけ、駆け寄っていく。


 テリッツ皇子は、必死に魔法で防御壁を作り、アリッテルと呼ばれた少女の魔力を食い止めている。


「オデット……大丈夫なの?」

「ええ……彼女を救ってみせるわ」


 いつもの微笑みだけれど、オデットの目は真剣だった。


「無茶はしないで」


 彼女が適任だろう。

 何も言えずにそれだけ言って、手を握ると、オデットはゆっくりと頷く。


 ミズリィは、テリッツに近寄る。


「すごい魔力だ、私達皆で精一杯……」


 テリッツの余裕がなく、真剣な表情はあまり見ることがない。


「暴走状態だ、彼女の体が心配だし、これ以上の放出は……」


 命に関わる。


 なにかのきっかけで、普段は身体にしまわれているはずの魔力が暴れて、体から抜け出す現象は知られている。魔力が少なければ脱力するような感覚程度、魔力が大きければ大きいほど 、その制御を取り戻すことは難しく、そしてこのように、危険だ。


「障壁は、わたくしが請け負います」


 ミズリィは素早く、自分の魔力を結界に変え、テリッツたちの壁の外側に設置する。光が放たれ、透明なガラスのようなものが、少女の周りにドーム状に出来上がる。


「……――素晴らしいですね」


 テリッツは魔法の行使をやめて、流れた汗を袖口で拭っている。

 そんな乱暴な仕草も初めて見る。よほど切羽詰まっていたようだ。


 お逃げください、とおそらく侯爵家の騎士が近づいてきて、慌てて皇子に言うが、彼は首を振った。


「私も魔術師の一人だ。皇子でもある。責任はあるし、それに、婚約者を見捨てて逃げるほど落ちぶれていないつもりです」

「いいえ、テリッツ様、お逃げください!」


 ミズリィは結界を維持しながら、自分でも驚くくらい慌てて叫んだ。


「万が一があります、お怪我や……ともかく、安全なところに」

「いいや、君の補助をします。押されていますか?」


 アリッテルの魔力は攻撃性が高く、さらに圧が大きい。周囲を傷つけようとする攻撃から守りつつ、暴発しないように押さえるという役割を、先程は皇子と侯爵、公爵夫人が分担していた。


 ミズリィの結界では全てカバーできるが、ギリギリだった。それを、すっと支えるように外側に、同じ効果の障壁をテリッツが形成する。


「オデット・ハリセール嬢がいるんです――そういうことでしょう?」

「……ええ」


 微笑むテリッツに、ミズリィは頷くしかできない。


 魔術師には個人に必ず固有の魔法がある。

 生まれ備わった魔法で、それだけは低級の魔術師でも高位の魔術師に引けを取らない。


 ミズリィの固有は、制御魔法。

 すべての魔法を、すべてコントロール出来る。条件はあるが、他人の魔法の制御も奪うことも可能だ。


 そして、オデット・ハリセールは――


 じっと、祈りを捧げるように手を組み、微動だにしていなかったオデットは、テリッツがミズリィの補助の魔法行使を始めた頃にゆっくりと動き始めた。

 ドレスをたなびかせ、障壁に触れるので、ミズリィは彼女を通すようにと、かなり無理やりに穴を作る。

 難しい、膨れ上がる風船を割らずに穴を通そうとするようなものだ。障壁の強化と、制御、それを意識して魔力を出そうとすると、体の中からごっそりと減ってしまった。


「く――」


 ふらつきそうになるのを、誰かが支えてくれた。

 テリッツだ。

 それを見たオデットが、笑いながら――結界の中に入る。一瞬まぶしく光る結界。


 見ていた貴族たちから悲鳴やざわめきが上がる中、光が収まった結界の中には、二人の少女が向かい合っていた。


 アリッテルは何かを叫んでいる。結界のせいで音は聞こえないけれど、彼女の赤い目は憎悪に彩られていた。

 それを、平然と受け止め、微笑むオデット。

 アリッテルへと手を伸ばそうとすると、その腕にパチパチと小さな光が弾けて、オデットはよろけた。

 アリッテルは今度は恐怖したかのように体を小さくする。


 オデットは、微笑みを崩さない。

 また、手を伸ばし、アリッテルの肩に触れると――

 結界の内側から魔力の圧が消えた。


「……っ!」


 結界を解除。

 足が震えて座り込みそうになったミズリィを、テリッツが抱きとめてくれた。


「テ、リッツ様、申し訳、」

「ありがとう、君のおかげで被害は少ない」

「あ、オデット……」

 

霞む目に、アリッテルを抱きしめたまま座り込んでいるオデットを見つけた。


「オデット……!」


 慌ててテリッツの腕を逃れて、ミズリィはよろめきながら彼女のもとに向かう。


「オデット!……ひどい怪我を!」

「これだけで済んでよかったわあ」


 気を失ってくったりしている小さな少女を抱きしめる、オデット。その腕は、袖はボロボロになって皮膚が裂けたようになって、血が流れ続けている。


 急いで治癒魔法をかけ、跡が残っていないのを確認して、ミズリィはほっとして座り込む。


「ミズリィ嬢、はしたないわ?」

「オデット嬢も、はしたないですわ」


 クスクスと笑い合っていると、テリッツや複数の男性、それと公爵夫人が集まってきて手を貸そうとしてくれる。


「どうかもう一度私の手を」

「も、申し訳ありません!わざとでは……」


 オデットを見ていても立ってもいられず、テリッツから逃げてしまった。

 気にしていなさそうな素振りで、今度こそミズリィを助け起こしてくれたテリッツ。

 オデットの方はためらいがちに差し出された紳士の腕に掴まって、余裕の笑みで立ち上がっていた。


 小さな少女――アリッテルは、父親に抱えられて、どうやら、怪我などはないようだ。


「差し出がましいようですが、一度わたくしにお嬢様を見せていただけませんか」


 アリッテルの魔力の放出は尋常じゃなかった。制御についてなら、本人が気を失っている今、多少のことなら見ることができるはずだ。


「ミズリィ、原因はわかっているの」


 だが、オデットが首を振って細い指をアリッテルの父親にすっと向けた。

 彼が手に持っていたのは、腕輪だった。壊れて、半分なくなっている。


「まさか……」

「ええ、魔封じのマジックアイテムよ」


 オデットは、笑っていなかった。


「アレが、追いつかなかったの、嫌がるアリッテルの魔力の抵抗に」

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