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 初めて飲んだウイスキーのロックは、やはり厳しくて、僕は一気に酔いが回ってしまった。それから、七瀬さんと何を話したのか、ろくに覚えていなかった。気付いたら、自分の部屋の床に座っていた。


「葵くん。とりあえず水、飲めよ」


 七瀬さんが、ミネラルウォーターのペットボトルを差し出してくれた。僕はそれを半分くらい一気に飲んだ。アルコールを出すには水分を取るに限る。


「すみません、七瀬さん」

「いいって。ロック飲もうって言ったの俺だし」


 そういえば、会計も七瀬さんがやってくれたのだろうか。財布を出した覚えが無かった。


「葵くん、横になるか?」

「はい……」


 僕はもそもそとベッドに入った。冬で良かった。汗はかいていなかった。寝転ぶと、いくぶん身体の調子は治まってきて、呼吸が楽になった。七瀬さんが言った。


「明日、大学あるの?」

「はい。昼からなんで、寝坊はできます」

「そっか。俺は仕事だけど……」

「ですよね。僕はもう大丈夫なんで、これで」


 七瀬さんが、僕の額に手をあてた。


「本当に大丈夫か?」


 水を飲んでトイレにさえ行っておけば、この酔いは覚めるだろう。けれども。


「七瀬さん……」


 額から伝わる熱が、とても心地よかった。ずっとそうしていて欲しいと思った。七瀬さんの骨ばった手がこの身体に触れていること。そのことが僕を高ぶらせた。


「七瀬さん。やっぱり、寂しいです。今夜はここに居て下さい」


 言ってしまってから、何て思いきったセリフを吐いたんだろうと自分でも驚いた。七瀬さんの顔は見れなかった。彼は優しく僕の額を撫でて言った。


「ん。そうする。葵くんは素直ないい子だな」


 僕は酔いに任せたまま、こんなことまで言った。


「お願いです。一緒にベッドに居て下さい」

「えっ……」


 さすがに断られるか。僕もバカだな。しかし、七瀬さんはこう言った。


「じゃあ、ちょっと横にずれて」

「あっ、はい」


 七瀬さんが横にぴったりと寝転んできた。右半身に、彼の体温がじんわりと移ってきた。僕は呟いた。


「七瀬さん。好き……」


 すると、七瀬さんが僕の肩を掴んで顔を近付けてきた。彼の黒い瞳が僕の目を真っ直ぐに捉えた。


「葵くん。俺のこと、好きなの?」

「僕も、今気付きました。七瀬さんのこと、好きです」

「マジか……」


 こんなことを言っても困らせただけだろう。僕は後悔した。明日になったら、酔いの勢いだったと弁解しよう。そう思っていたのに。


「俺も、葵くんのことが好き。初めて見たときから、良いなって思ってた。お隣さんだって知って、運命だと思った。でも、この想いは押し殺そうって考えてた」

「七瀬さん……」

「俺さ、男しか無理なの。でも、葵くんは女の子もいけるだろ?」

「まあ、そうみたいですけど」

「諦めようと思ってたんだけどな。そっか。そっかぁ……」


 七瀬さんは僕を抱き締めてきた。僕も彼の背中に腕を回した。そのまま二人とも喋らずに、じっとしていた。僕の身体が反応し始めた。口火を切ったのは、七瀬さんだった。


「俺たち、付き合う?」

「はい。彼氏にして下さい」

「ヤバい。マジ嬉しい」


 そして僕たちは軽くキスをした。僕はもっと奥の方を求めたけれど、七瀬さんが制した。


「今日はここまで。身体キツいだろ。ゆっくりな?」

「はい……」


 確かに全身がぐったりしていた。僕は七瀬さんに身体を預けたまま眠った。

 翌朝、目覚めたのは僕が先だった。頭痛が酷かった。とにかくトイレに行った後、鎮痛剤を飲んだ。安らかに眠る七瀬さんの顔を見ていると、昨夜のことが思い出され、僕は赤面した。

 恋人ができてしまった。

 僕はしばらく部屋をうろうろと歩き回った。まさか、七瀬さんが僕のことを好きだったなんて。そして、自分も七瀬さんのことが好きだったなんて。未だに信じられない思いだ。


「ん……葵くん……おはよ」

「おはようございます」


 七瀬さんは上半身を起こした。そして、眉根を下げて言った。


「昨日の、夢じゃないよな?」

「はい。僕たち、付き合いました」

「どうしよう。嬉しすぎてどうにかなりそう」


 僕はベッドに乗り上げて、七瀬さんにキスをした。今度はねっとりと長く。それから、ベランダに出てタバコを吸った。


「なあ、葵、って呼び捨てにしてもいいか?」

「いいですよ」

「俺のことはまあ、好きに呼べよ」

「えっと……どうしましょう。呼び捨てにできる勇気はまだ無いです」

「じゃあ、そのままで」


 僕は気付いた。


「七瀬さん、仕事ですよね?」

「あー、半休使うわ。もうちょっと、葵と一緒に居たい」


 部屋に戻り、僕と七瀬さんはベッドに腰かけた。彼は僕の手を握った。


「待って。マジで信じらんない。葵、本当にいいの?」

「ええ。僕、七瀬さんのこと、もっと知りたいです」

「そっかぁ……」


 それから、ロールパンにハムを挟んで二人で食べた。昼はラーメン屋に連れていってもらった。彼氏となった人と食事を共にすること。それがとても嬉しかった。


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