後編
トシユキはまたピンクの光に包まれた。
覚えている。これはミューの魔法だ。
まさかまた釣りの最中に転移とは。
まあ竿は少女と猫様がいるから大丈夫だろう。
少女はこちらに向かって手を振って、
「いってらっしゃーい」
などと言っているし。
光が消えると森の中。
目の前には、申し訳なさそうに頭をこちらに向けて下げ続ける少女。顔見なくても誰だか丸わかり。
「すいませんすいません・・・」
と連呼してるから。
今ミューとトシユキは木の上に隠れ家を作っている。
ミューは部屋を追い出され、新たに部屋を貸してくれる家もなく、森に住むことにした。
森なら家賃は要らない。
狼とかが怖いので、木の上に小さな部屋を作ることにしたのだが、所詮は小娘ひとり。
結局トシユキに頼ってしまった。
もう迷惑をかけてはいけないと思っていたのにこれである。
魔法をかけられたトシユキにかかれば小屋作りくらい雑作もない。
しかも、他人に見つけにくく偽装もした。
獣も怖いが、人間も怖い。
小娘が独り暮らしするのだから。
それでもミューは借金返すために頑張るらしい。別に夜逃げしたわけではないと。でも借金取りにはここを知られたくないけれども。
トシユキはまた一緒に働こうと言ったら断られ、もう一度言ったら帰されてしまった。
ピンクの光の中で聞いた別れの言葉は、
「すいませんすいません」
だった。
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ピンクの光が消えると見慣れた岩場。
久しぶりに再会した少女は80センチのヒラメを上げていた。浜でもないのに。
夕飯はホウボウと米のご飯だった。
ヒラメは売って、米になった。
久しぶりの米のご飯は旨い。
少女が猫様を抱きながら、
「ミューを抱いてくれば良かったのに。絶対OKだから」
なんか少女らしからぬ言葉を。
「でも、金のカタに抱くなんて駄目だよ」
「判ってないなあ、絶対トシユキに気があるって。いけるから」
思えば戦いの合間の野宿でも、木の上の大工仕事の時も楽しそうだった。少なくとも友達程度には好かれてると思う。
ミューは可愛い。
ミューの総てを見たとき夢が叶ったと思ったくらいだ。未遂に終わったけど。
ミューは俺のことをどうおもってるのかな?
「少なくとも抱かれてもいい相手だって。自信もてよ。秘密の家に招待されてる唯一の男だぞ」
あ、心読まれた。
その夜、ミューを思いオナニしようかと思ったが、
「外でやれ」
と少女にいわれてやめた。
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数日後、磯釣りをしていると、またピンクの光に包まれた。
咄嗟に、
「ほら、お土産!」
と言って、魚篭を少女に渡された。
光が消えるとミューがまた、すみませんすいませんと頭を下げていた。
「今日はどうしたの?」
「いままでお世話になったので、せめてものお礼をしたくてコートを縫ったんです。気に入って頂けるといいのですが」
ミューは折り畳まれた分厚いコートをトシユキに差し出した。
トシユキは笑顔で受け取り、その場で羽織って見せた。
ずしりと重い。恐らくは丈夫で断熱もいいだろう。中袋も多そうだ。
借金もちのミューが素材を手に入れるのは大変だったろう。
「ありがとう。冬に重宝しそうだよ。大切にするよ。
それから、今日はお土産あるんだ。家の近くの海で釣れた魚だよ。よかったら今から一緒に食べよう」
そう言って魚籠をミューに見せる。
ミューは産まれて初めて見る海の魚に目をまるくした。
二人で仲睦まじく料理をして、木の上の家で二人きりの夕飯に。
ミューの笑顔が好き。
トシユキの笑顔が好き。
相思相愛の二人。
じれじれの二人。
夜、二人で星空を眺めてる。
静かにミューが言う。
「今日は私の17歳の誕生日なんです。今日はトシユキ様とご一緒したかったのです。私のわがままでお呼びしてすいません」
「いや、うん。呼んでくれて嬉しいよ。17歳おめでとう」
見つめあう二人。
トシユキはミューを抱き寄せる。
無言でミューは身体を寄せる。
静かな口づけをした。
「ミュー、結婚しよう」
ミューが驚いた顔をする。
そしてその場に泣きながら崩れ落ちた。
えぐえぐしながらミューは言った。
「ごめんなさい・・・会えるのは今日限りです」
泣き止むと、ミューはぽつりぽつりと話し始めた。
この国で召還術が使えたのは自分だけ。
怪鳥討伐のために救世主を召還したけれど、トシユキは3番目。
1人目はいざ出陣と言う時にママに会いたい帰ると言って送り返しを求めた。
2人目はさんざん贅沢をしたあげく、逃亡した。
身体を強化したあとだったので、丈夫な城も突破され、逃亡生活の被害、強盗やら食い逃げやら大変だった。
町の皆は逃亡者におびえた。
何十日もかけて大勢で捜索し、最後は寝込みをミューが無理矢理元の世界に送り返した。
その時の被害はそのままミューの借金になった。もちろん国王が免除してくれた支払いも有る。だけれども、借金は膨大だった。
あまりの賠償額に、派遣元のミューの実家は破産して、みな去った。
もともと養子のミューはまた天涯孤独に戻った。
今度の救世主召還が失敗したならミューは投獄される所だった。
ミューは必死だった。
トシユキが来てミューは救われた。ミュー個人にとっても救世主だった。
怪鳥は討伐された。
町も国も平和にもどってけれども、ミューにはまだ借金が残った。
話を聞いて、トシユキはミューへの皆の風当たりの強さの謎が解けた。
国王の冷たさ。町の人の冷たさ。
何故、すいませんすいませんと口癖になっているのか。
「私もトシユキ様が好きです。愛しています。結婚しようと言ってくれて嬉しかった。一緒になれたならどんなに嬉しいか。
でももう、駄目なんです。
明日、私は伯爵家に洗濯女として入ります。最後の借金もこれで終わりです。
生娘であることを条件に借金を肩代わりしてもらいました。
今日の召還で私の魔力もほぼ尽きます。小さい魔法なら使えるでしょうが、大きい術はこれが最後です。
私が送り返さなくても、私の魔力が落ちればトシユキ様は元の世界に戻ってしまいます。
このご恩は忘れません。最後に会えて嬉しかった。トシユキ様はご自分の世界で幸せになってください。お祈りしております」
「駄目だ! ミュー、一緒に逃げよう! 国の外に逃げよう! 何か方法がある! ふたりなら、そう、2人なら・・・・」
「トシユキ様。借りた金は必ず返さねばいけません。私は家でそう言われて育ちました。これは私のけじめです」
聞き入れてくれないミューを抱きしめたトシユキはピンクの光に包まれた。
光に包まれて、手からミューの感触が遠のく。
トシユキに聞こえた言葉は『すいません』ではなく、
涙声の
「愛してます」
だった。
帰ってきた。
夜の岩場でトシユキは大声で泣いた。
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朝日が昇り、じりじりと暑くなり始めた頃、岩場に横たわるトシユキに声がかかる。
「起きろ!」
何者かに肩を蹴られ、ゆっくり頭を起こすと、少女と黒猫。
「どうなったかは、判った。お前はミューと一緒になりたいんだろ!行くぞ!」
「そんな。ミュー程の大魔法師でもひとりがやっとなのに、行くぞって?」
「そんなアマチュアと一緒にしないでくれるかな。王国の奴ら、魔法師をぞんざいに扱うとは許せん! ミューのお陰で怪鳥退治できたというのに」
どうみても幼女寄りな少女が中年みたいな台詞を吐く。
「行くぞ!」
少女が声を上げると2人と一匹は赤い霧に包まれた!
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ミューは森と町の間にある関所に来ていた。
関所の中には伯爵ほか数人。
これから伯爵家へ行くのだ。
洗濯女。
だが、それだけではない。
可愛いミュー故の役割がある。求められるのは労働力でなく若い女としての身体。僅かに残った魔力も使い尽くされるに違いない。
妊娠したらどうなる? 妻でもない女の子供は育てで貰えないだろう。きっと孤児になる。それどころか自分も飽きられて捨てられるか売り飛ばされるか。
でも、借金はそれでなくなる。それだけが救い。借りた金は返さなければならない。
馬の隊列がゆく。
黒馬に乗る伯爵達。
後ろの雑馬の荷車にはミュー。
突如、隊列の前に赤い霧が現れ、どん!という音と共に2人と1匹が現れた。
そのなかの1人にミューは目を見開いた!
もう会えないと諦めた愛しい人、会わないと決めた人、でも誰よりも会いたい人!
「トシユキ様!」
「迎えに来たよ、ミュー!」
ミューが召還した訳ではないのに現れたトシユキに伯爵達は驚いた。どうやってきたかは分からないが、何故来たかは容易に知れた。気持ちは分からないことはないが、言う事は言う。
「トシユキ殿、お引き取り願おう。これは正当な取引だ」
しかし、トシユキの横からそれをはね除ける言葉。
「黙れ、小物!自分で怪鳥討伐も出来ない者が偉そうに」
ドスのきいた女の声。
は?
トシユキが横を向くと少女と同じ髪の色の目つきの恐い大女。
どうなったらこうなる?
とても強そう。というか、逆らったら恐そうな人。体も大きいし魔法も凄かったし何者ですか!
とても高身長グラマーで美しいのだけれども、恐さのほうがデカい。
そして、横には超でかい黒豹。
『小物』と言われて怒った伯爵が剣を抜く。
恐いねーさんが一言。
「少しあそんでやれ、トシユキ」
恐いねーさんが指をパチンとすると、
「おわっ!」
と、トシユキがびっくりした。
なんだこの身体の感触!ミューに強化されてた時の10倍は強い!
「ほんとに魔法が良く効くな・・・」
ねーさん、ぼそり。
伯爵の刀を素手で掴み、力を込めると刀はぐにゃりと握り潰された。
両手でばんばんとこねると、刀が球になってしまった!
「伯爵殿、キャッチボールでもいかが?」
伯爵に球を投げる構えをすると、
「すいません、すいません、すいません!」
と、伯爵達は地面に伏せた。
荷台でミューはただあんぐりと口をあけていた。
「ミュー行こう」
「で、でも・・・・」
「小僧! よくも魔法師をぞんざいに扱ったな!ただで済むとは思うなよ。さもなければ、この魔法師を渡せ!」
恐いねーさん、超恐い!
トシユキはうわあ・・・・と思ったけど、思いついた!
「あのう、怪鳥討伐の時の騎士2人が報酬を100万Gずつ受け取ってる筈です。
あいつら、討伐行かずに町で飲んだくれてただけだから、あいつらから取ってください。それでチャラに」
「「「は、はい!」」」
伯爵達はいいなりだった。
ミューはまだ口をあんぐり。
「ミュー、これで借金はちゃらだよ」
トシユキが荷台の上のミューに手を差し伸べると、ミューは夢心地のまま荷台を降りた。
信じられない展開に呆けるミュー。
恐いねーさんはミューの小振りな胸をがしっと掴んだ!
「わあっ!」
ミューが正気に。
「もう少し育ってからの方がよくないか?」
ねーさん容赦ない。朝まで自分もつるぺただった筈なのに。
トシユキとミューは人目もはばからず抱き合った。それはもう、絶対離さないというくらいぎゅうぎゅうと抱きしめあった。
うれし涙を流すミュー。
「ちょっと、国王に説教してくる。お前らは先に行け。魚を焼いて待ってろ」
そして、ねーさんが黒豹に跨がり、指をぱちんと鳴らす。
トシユキとミューは真っ赤な霧に包まれて消えた。
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磯の大岩の裏に住む若夫婦。
夫は今日も漁に行く。
最近は余裕もでて、投網も買った。磯だけでなく浜にもいくようになった。少し畑も始めた。
家の庭には巨木が有り、上には隠れ家。夫婦喧嘩すると奥さんが篭城するときに使ってる。
こんな物はそもそも無かったが、
ミューが、
「そう言えばマントが!」
と、叫ぶと、少女が指パッチンで出してくれた。そう、トシユキのマントは隠れ家に置きっぱなしだったのだ。
ミュー、口あんぐり。
そりゃ、かつて大魔法師と呼ばれてた自分も想像出来ない程の力の差を見せつけられたのだもの。
取り寄せた物が、マントどころか、隠れ家と大木まるまるだもの。
暫くして、少女は旅立っていった。
「この先砂漠を超えるから、こいつを頼む」
砂漠はこの辺には無いはずだけど、どこまで行くと言うのだろう。
少女は1人で去り、黒猫が残った。豹にはならないよね?
たまに猫様が一番高そうな魚を引くのは許す事にしている。
ふたりはいつまでもいつまでも幸せに暮らした。
おわり