前編
曇り空の下、トシユキは磯釣りをする。
磯の魚は釣りにくいし骨も硬い。
ひれも尖ってるものも多いので、釣り上げたあと手を刺されることもある。でも味はとてもよいので旅の宿の郷土料理とかには重宝される。
トシユキはたくさん釣れた日は旅の宿に魚を持っていき、引き換えに惣菜や小銭を貰う。
磯の大岩の裏の小屋で独り暮らしのトシユキ。この間20歳になったばかり。
今日も磯で釣りをする。
成果はまあまあ。
釣糸につけていた目印が走る。
トシユキがクイっと竿をしゃくると小さな小さなタイがあがった。
「う~ん」
まだ食べるには小さすぎる。食べるにはもっと大きくなってから。
針を抜いて海に戻そうとタイの稚魚を海に向かって放ると、水に届く前に海鳥が掴んで持っていってしまった。
「ありゃりゃ」
こんなことなら稚魚を餌にして海鳥を釣ればよかった。毎日魚料理だけでは飽きる。
また、海に糸を垂れる。
不意に人の気配、ついでに猫も。
トシユキが向くと少女と黒猫が居た。見たところ十歳位でこの辺の子じゃない。釣りしていると、おもしろがって見に来る人はよくいる。この子も村の宿に泊まりに来た人の子供だろうと思った。
黒猫はトシユキの魚篭に首を突っ込もうと大忙し。それを抱き止める少女。
「こんにちは。今度おさかな捨てるなら、それを貰えませんか」
少女からの控えめなお願いだ。
「こんにちは。それなら、篭の中の一番小さいのあげるよ」
トシユキは篭を開ける。
少女が篭をみると一番小さいのでも20センチ以上はある。
「ちょ、立派すぎます。この子に丁度いい小さいのでいいんです。こんな大きいのは申し訳ないです」
どうやら猫様用にしたいらしい。
「あはは、いいのに。なら、貴方も食べたらいいよ。釣れたてだから生でも食べられるし、なんなら焼いてあげようか」
トシユキは一旦、竿の糸を納め、道具箱から大串を出して魚を挿す。
自分がいつも調理に使う岩の割れ目のかまどもどきにマッチで火を入れ、石でたたき潰した流木と葉っぱを焚く。いつもこうしている。
折角だからと自分の分とあわせて二匹焼く。
「焼けたら教えてね」
可愛い子にはサービスだ。
そしてまた竿をもつ。
「ありがとうございます。すいませんお気をつかわせて。こら、大人しくしなさい!」
黒猫様は魚の臭いにいてもたってもいられないみたいでもがくもがく。少女がしっかり胸にホールドする。
そろそろ良い焼き加減というときに、トシユキの身体が淡いピンクの光に包まれた。トシユキの体が収まる程度の大きさの不透明な光の球。
「え? なに?な・・・」
言いたいことを喋りきる前にトシユキの姿はピンクの光の中にしゅるんと消えた。
からんと、そこに落ちた竿。
慌てて少女が竿を押さえる。
呆気にとられる少女。
「と、とりあえず食べよう」
いろいろ思うことは有るが、少女は魚を猫様と食べ始めた。
ほおっておいたら魚が焦げてしまう。
流石に猫様に魚一匹は多いので、背中の肉は自分が食べ、美味しい腹側を猫様にあげた。
少女も一匹半食べられて満足した。
そしてぽつり。
「召喚かあ」
ーーーーーーーーーー
どうしてこうなった?
今、トシユキは召喚された異世界の王国で怪鳥討伐の真っ最中。
翼を広げると20メートルもある巨大な肉食鳥が王国の東側にある山に営巢したのだ。
刀も弓も怪鳥には効かない。
それどころか討伐に向かった兵は怪鳥に捕まり食べられてしまう。
諦めて近づかないようにしたら今度は怪鳥の方からやってきて、町の人をさらって行くようになった。
そう、さらっていくのだ。
今まではその場で食べていたのに。
それは怪鳥の雛の誕生を意味した。
困った王国は禁忌の異世界召喚という手段に出た。
ーーーーーーーーーー
『国いちばんの大剣』を振り怪鳥に挑むトシユキ。
なんでもトシユキの身体には魔法が良く効くのだそうで、同行する魔法師ミューの魔法でトシユキは超人になる。
今、怪鳥にトシユキとミューの二人で挑んでいる。
ミューは国一番の魔法師。まだ10代半ばの少女。子供っぽい可愛らしさの残る顔立ち。
一緒に騎士二人が来る筈だったが、騎士二人は山に入らず酒場に入った。
「終わったら迎えに来い」
偉そうにサボり、ついてこなかった。確かに怪鳥相手では一般騎士は辛いが、態度が酷い。せめて『どうか御武運を』とか『お気をつけて』とか言って欲しかった。
騎士二人にトシユキが怒ったが、ミューが必死になだめた。すいません、すいませんと半泣きですがるミューにトシユキは怒りを抑えることにした。
召喚された直後に帰りたいと言ったトシユキをなだめ、必死にお願いしてたのも魔法師ミューだ。国王は冷めた目で様子を見ていただけだ。
結果、怪鳥と雛を討伐した。
トシユキは魔法で強くなったとはいえ、空は飛べない。怪鳥との戦いは熾烈を極めた。あまりの死闘にトシユキも疲れたが、ミューは本当に立てない位に疲弊していた。
少女の身体に山岳での戦いはツラいし、魔力連続大量放出の後遺症もあるらしい。
動けないミューをトシユキがおぶって山を降りた。背中でミューはすいませんすいません、と謝ってばかりだった。
王宮に怪鳥討伐の報告に行くと、宰相が出迎えた。王は出てこなかった。
トシユキは謝礼の1000万Gを渡された。札だった・・・
感謝の言葉も形式的で、冷たいとも感じるくらい。
同行の騎士二人は100万Gづつ。飲んだくれてただけなのに。
ミューにはなにも渡されなかった。
騎士二人はニコニコしながら去っていき、宰相はする事済ませたら仕事にもどった。
全てが終わり、トシユキはミューの後をついて城を出た。
約束ならそろそろ元の世界に帰してもらえる筈。
歩いてたどり着いたのは町の片隅にあるミューの住んでる部屋だった。その建物は古くて大きい。どうやらアパートのようなもの。
ミューは屋敷の女将に帰って来た挨拶をして、自身の部屋にむかった。
トシユキは言われるがままに部屋に入り、言われるがままに椅子に座り、言われるがままにお茶をもらった。
小さな部屋に向き合う二人。
暫く沈黙が続いたが、ミューが静かに震える声で言葉を。
「トシユキ様、この度は本当に有り難うございました。突然召喚して迷惑だったにもかかわらず怪鳥を討伐していただき、本当に本当にありがとうございました。約束通り元の世界にお帰しいたします。ですがその前に私からもお礼を」
そこまで言うとミューは立ち上がり、静かに服をほどきだす。
もともと大した服を着ていないミューが産まれたままの姿になるまで時間はかからなかった。
さいごに肩の辺りで結んでた髪を伸ばすと、まだ10代半ばの成長途中のミューの総てがトシユキの前に。
トシユキは初めて見る女体に心奪われていた。絶世の美女ではないが美しい姿。
まだ成長途中の軟らかそうな綺麗な肌。身体も小柄だ。
討伐の旅の間、いつも可愛いと思っていた。好きだった。
憧れのミュー。
小柄なミューが震えながら言う。
「私には差し上げるものがこれしかございません。貧相な身体ですがどうかすきになさってください」
確かにこの国の紙幣貰ってもたいして嬉しくない。でも・・・
ミューがトシユキの右手をとり持ち上げる。それを自分の左の胸あたりにあてがう。指に押されて窪む肌。想像していたよりも軟らかい。不安そうなミューの表情。そしてミューは目線を下ろす。何をされても逆らわない決意。
トシユキは思わずミューを抱き締めた。本当はこのまま身体をむさぼり尽くしたい。でも出来ない。ミューが泣いているから。ミューは小さかった。山を降りる時に背負った時も軽いと思っていた。ちゃんと食べてるんだろうか?
こんな時もミューはごめんなさいごめんなさいとすすり泣くだけだ。ミューは不覚にも泣いてしまった。トシユキが嫌いな訳じゃない。トシユキに抱かれる覚悟はあった。でも込み上げてくる感情に泣かされた。泣いてしまったがためにトシユキは遠慮してしまった。いくら自分が美女でないとはいえ男に需要があることぐらい分かる。泣かなければ良かった。どうして耐えられなかった、もうチャンスは無いかもしれないのに。
どんどんとドアが叩かれる。
トシユキは慌ててミューを放す。
ミューは慌てて下着もなしにさっき脱いワンピースだけ纏うと、残りの下着は布団の下に押し込んだ。
ミューがドアを開けると女将が仁王立ちしていた。そして、
「家賃!」
短くいい放った。
「ええと、その、今はその・・・」
「!」
トシユキは驚いた!
ミューは無一文なんだ。
討伐後は皆が報酬を渡されたのにミューだけ無かった。なんで?
「いくらなんだ?代わりに出すよ」
「12万だ。まったく・・・」
「トシユキ様、いけません!それはトシユキ様のものです!」
「いい、俺の金だから俺が好きに使う」
トシユキは女将に支払った。1000万Gあったんだ。これくらい平気だ。どのみち紙幣なんて持って帰っても使えない。
後ろでミューがまたすみませんすみませんと呟く。
驚いたことに、これでおわらなかった。
女将が去ると、後から中年男。
「すみません、今は・・・」
ミューが謝って断ろうとする。
「いいよ、いくらだ?」
「180万。無利子なんだから感謝してほしいとこだ」
そして今度は中年女性。
「3000G!」
トシユキは1万G札渡して、
「あとでお釣を」
と言ったが、すぐ7000G返って来た。
そしてこんな感じで更に6人来た。
ミューは後ろでずっとすいませんすいませんとトシユキの背中に唱えていた。
どうやらミューが帰って来たのを借金取りが待ち構えていたらしい。
動向を把握する女将が最前列をとったのだ。
そして、最後にキチンとした身なりの男が来た。伯爵だそうだ。
「いくら残ってますかな?」
「400万Gちょいだな」
「200万G足りませんな」
なんと!
とりあえずトシユキは端数の札を自分のポケットに押し込み、400万Gを紳士に支払った。
ミューはこの紳士が来てからは明らかに怯えている。今までは謝ってるだけだったが、今回はおかしい。凄く怯えている。
「残り200万G有ることもお忘れなく」
伯爵は出ていった。
ミューは1度も『違う』とか『そんな筈は』とか反論しなかった。皆正当な借金のようだ。
まだ10代で大魔法を使い、命懸けで怪鳥討伐をしたのに、誰からもねぎらいの言葉を貰わず借金に追われるミュー。召喚したトシユキには何も払えず身体を差し出すミュー。
トシユキは借金取りが来る前までは、お言葉に甘えてミューを抱こうかと思ったけれど、今はただすすり泣くミューの頭を抱き寄せるだけだった。
そしてまたミューは、すいませんと泣くのだった。ただ今度は大声で泣いた。
ーーーーーーーーーー
ピンクの光が消えると見慣れた岩場だった。竿や道具はみあたらない。
あのあと、トシユキは再びミューにお金のお詫びに抱いてと言われたが、金で抱くなんて出来ないと断り、自身の身体にまた魔法かけて魔物退治でもして借金かえそうと言ったが、危険です!これ以上いけません。とミューが断った。そして強引に送り帰されれてしまった。
最後に聞いた声はやはり、
「すいませんすいません」
だった。
ピンクの光が出た瞬間、ポケットの残金をミューにほおった!
「使え!」
それが精一杯だった。
そして視界はピンクに囲まれて、ミューが見えなくなる。
帰ってきた。
大岩の後ろの我が家に帰ってきた。
「おかえり」
そこにいたのは最後に出会った少女と黒猫。
ミューよりもっと小さな子。
「悪いとおもったけど、ここに泊めさせてもらったよ。あ、あの日の釣った魚はみんな食べちゃった。竿と道具はちゃんとあるから」
少女を見て、疑問や説明したいことや言いたいことがあったけど、総て言葉にならなかった。
「あー 無理に話さなくていいよ。全部解ったから。とりあえず、ご飯にしよう」
トシユキは目をまるくした。
全部解った?
どういうこと?
「だから解ったって。ボクが魔法使えるって言ったら解るよね。だからトシユキには『おかえり』って言ったんだよ」
名乗ってないのに名前を呼ばれた!
魔法?
トシユキは信じた。さっきまで異世界生活だったんだから。以前だったら魔法と幽霊は信じていなかったが、今なら分かる。
だって、愛しいひとが魔法師だから。
・・・・ミュー。