家族の霊を見る霊媒師
「ここです」とひとりの男に手招きされて、首や手首に数珠を沢山つけた、袈裟姿の男がやってきた。後方の暗がりの中で、乗ってきたバスがヘッドライトを消した。丘の頂上まできたバスは、行き先案内を最寄り駅に変えると、前の乗降口をあけたままエンジンを停止させた。
「ここに、一家の幽霊が出るという話です」男は、袈裟姿の男が近くに来ると、説明を始めた。「なんでも、強盗が押し入って家族を全員殺して金品を奪って逃走したらしいです。夫婦は、抵抗したようで手に相当切り傷があり、妹は寝たきりの兄を守ろうとしたのか、兄のベッドの横で何カ所も切られていて、兄はベッドの中で一刺しだったようです」
「ああ、居るよ」袈裟の男は、数珠をこすりあわせながら、目をつぶり呪文のようなものを唱えていた。「ただ、霊達の記憶はもうかなり混濁しているようだ、肉体を失い大気に転写された残留思念など、当時の事はもう覚えてはいるまい、かつての記憶は周りの霊達の記憶と混じり合って過去の事はもう覚えていないようだよ」
「あるいは電波のせいですかね?」男が訊いた。その視線の先に、携帯の大きな基地局が建てられていた。「空気を満たす沢山の分子の各々が残留思念を記録するための、ビットとして働いているなら、電波の影響も受けるかもしれないです」
「空気の分子、さらにそれを構成する多くの素粒子、それぞれは何らかの情報を持っているとも言えるね、それならビットというよりキュービットと言うべきだろうが・・・、あるいは単に時間の経過による残留思念の劣化かもしれない」
「とりあえず、カメラを置いてみましょう。」と男は、手にした鞄から、何台ものカメラを取り出すと、一基の墓の周囲に置いた。「この墓の周りに出るらしいですから」
「私の目には充分出ている感じがするよ」袈裟の男は、苦笑いをした。彼の目には確かに多くの霊達が徘徊しているのがよく分かった。
まるで小さな住宅街のように整然と並ぶ墓。郊外の静かな墓地の一角で心霊ネタを扱うユーチューバーがせっせと働いた。その体には、惨殺された家族の霊が、しっかりしがみついていた。袈裟の男は、見えぬ振りをしつつ、ただ墓を見つめていた。
バスが、エンジンを掛けた。まもなく最終の駅行きが出る。
「急ぎましょう」男が、袈裟に声を掛けた
「いや、私はあれに乗るのはごめんだ」袈裟の男は、バスを見つめながら言った、多くの霊達が、バスにまとわりついているのが袈裟の男には見えた。人が恋しいのか、あるいは生きていた頃の自宅の帰途に就こうというのか、男には分からなかった。
「歩いて下りればいいさ」袈裟の男がいうと、バスが走り始めた。
「下までかなりありますよ」ユーチューバーの男は不満そうにバスのテールランプが遠ざかるのを見た。
「こんな静かな夜は、そぞろ歩くのもいい」
二人は、並んで墓地の道を下った。しずかな暗い道に足音が、響いた。
ユーチューバーは、ふとおかしな事に気がついた。自分の足音は確かにするが、隣をあるく袈裟の男の足音が全くしないのだ。
ユーチューバーは、横を歩く男の横顔を見た。すると男はにやりと笑って、闇に消えてしまった。