兄妹の霊を見る両親
夫婦は、同じ職場ではたらいていたせいもあり、同じバスに乗って帰宅してきた。街灯の少ない静かで暗い住宅街、顔見知りの乗客もそうでない客も、蜘蛛の子を散らすように少ない挨拶で家路に急ぐ。
二人は、背にバスのヘッドライトを浴びつつ歩いていたが、やがてバスは行き先案内表示を回送に変えて、住宅街のある丘を下って行った。二人の進路を照らす明かりは、乏しい街灯だけになった。
そして暗がりが街灯に勝り、空気一面に染みこんでいるような辻にさしかかると。若い制服姿の男女が、ぼんやりとそこに浮かび上がった。
寂しそうな恨めしそうな二人は、上目遣いでじっと夫婦を見つめていた。妻は、手にした小さな花束を、二人が立っている場所にある、小さな花瓶に挿した。夫婦は、しゃがみこんで両手をそっと合わせた。
あれから、どれくらいの日々を悲しみを抱えて生きてきただろう。仕事の用のため、体の弱い長男を病院に連れてゆく事ができず、代わりに妹が学校を休んで、兄の乗る車椅子を押して、バス停に待っていた時だった。
見知らぬ男が、いきなり二人を包丁で刺したのだった。とっさに周りに居た大人達が男を取り押さえ、救急車を呼びつつも、応急処置を行ったが、出血が余りにも多く、二人の命は失われてしまった。
「ごめんね」母親は、何度も呟いた。毎夜毎夜、彼女は呟いていた。「私が会社を休んで病院につれてゆけば良かったのに・・・」そんな妻の肩を夫は、静かに抱いた。どんなに慟哭しても、もう家族に子供の姿はいない。二人は、それを充分すぎる程に分かっている。家に帰れば、まだ新しい仏壇があり、そして夕食時につくる二人分の陰膳。
やがて、兄妹の姿は消えてしまった。夫婦は、涙を流しながら家路に就いた。