妹の幽霊を見る兄
学生服姿の彼は、終点でバスを降りると、走りながら家に向かった。遅れぎみなバスは、直ぐに折り返して坂の上から駅に向かって下り始めた。乗客達は、闇に溶け込むようにして、静かに消えてゆく。湿って暖かい夜の空気が、学生服の中をさらに蒸らすので、体中から汗が噴き出してくる
こんな風に、体を動かせる日が来るとは思ってもみなかった。全ては妹のおかげとも言えるが、それを考えると辛くもあった。
重い心臓の病を背負って生まれてきた彼は、ほぼ家から出たことはなく、外に出るときは、病院にゆくときくらいだった。部屋で本を読む以外に楽しみもなく、彼はそんな本の蘊蓄を妹に聞かせ、妹は学校の話題を彼に聞かせたものだった。そうして、ときどき妹は彼が座る車椅子を押して、眺めの良い丘の上まで押してくれたものだった。
そんな妹が、交通事故に遭い、脳死状態となった。生命維持装置に繋がれて眠ったままの妹は、見るのも辛かった。医師から、そんな妹の心臓の移植を提案された両親は、幾星霜悩み続けたことだろう、その間にも彼の体はどんどん弱る一方だった。妹が意識を回復する見込みは少なかったが、彼は元気な時には妹に何度も声を掛けたものだった。
そして、両親と彼は決断を下した。
妹は、辻で笑って立っていた。可愛い制服姿で立っていた。彼は、妹に笑みを返した。「ありがとう」と一言。
妹は、辻から歩いて彼の元を去って行った。夜な夜な、出会っては、挨拶を交わしてそして別れてゆく細やかな再会だった。