兄の幽霊を見る妹
帰り道、街灯もまばらな道路が丘の上まで縦横に走っている。バスはその頂上までやってくると、人々を降ろして、そそくさと行き先案内表示を駅に変えて下りて行った。夏を前にした夜の空気はじとっと肌にまとわりつく。
学生服を着た少女は、大きくため息を付いて寂しい夜道を歩いていた。バスから下りた客はすでに散り散りになり、夜道に響く足音は一つだけだった。
ふと、背に視線のようなものを感じた少女は、足を止めて振り返った。先ほど過ぎた辻にひとりの青年が、じっと立って彼女を見つけていた。
「お兄ちゃん」少女が声をかけると、青年は笑みを見せて消えてしまった。
兄の霊は、何時も同じ場所で見掛けた。しかし、そこで亡くなったのではない、そこから見える眼下の景色が好きだったのだ。
兄は、体が弱かった。学校に行くこともほとんどなかった、だから彼女が話す学校の話を聞くのが好きで、良く兄を乗せた車椅子をその辻まで押していたりもした。ずっとベッドにいる兄は、読書が好きだったので、本の話を良く聞かせてくれた。そんな兄妹二人だけの時間を過ごすのがとても好きだった。
兄の霊は、どこか見守ってくれる気がしていたので、怖いという気持ちは彼女はなかった。ただ、笑みを見せて消えてしまうのだけは、辛かった。
兄が死んでから、近所の人も学校の友人や先生達は、まるで腫れ物に触るように彼女との接触を控えていた。口を利いてくれる人は、もう兄しかいないように思えたのだ。
「勝手に出たり消えたりしないでよ、ちょっとは私の話も聞いて」
思わず、涙混じりの声が出てしまった。