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Roll the Doom  作者: うっかりメイ
2/2

─後編─

当作品は高尾の八王子城跡に着想を得て作成しました。

気になる方は尋ねてみてください。

また、こちらは前後編のうちの後編となります。

 傷は見た目より浅く、流血はすぐに止まった。

「かような便利なものが未来にはあるのか」

 応急手当を受けた左手を握り、開きを繰り返しながら彼女は感心したようにつぶやく。

「あの、イザベラさん、でしたか? どうやってここへたどりついたのですか?」

「ここに来た経緯、ということか? 少し長くなるぞ」

 彼女は城を守っていた城主の妻に仕えていた。当時の太閤により、侵攻を受け屋敷を守っていたが本丸が陥落。城主を始め臣下の家族は本家の援軍を待つため、屋敷からほど近い川に避難する。しかし、追っ手がかかり、逃げ場のなくなった彼らは滝つぼに飛び込んだらしい。後は俺とユメコが体験したようにお互いを探す中、背の高い生物に遭遇し人が溶けていくこの地獄を生き延びていった。

「ここには追っ手はおらんが、鬼が跋扈しておる。やつらは積み上げた石の塔を崩し、河原におる人を川に投げ込む。直接危害を加えられることはないが、あの川の水はじわじわと身体を蝕む。鬼どもがどのような目的で妾たちを川に追いやるのか謎じゃが、友好的でないのは確かなこと」

「その剣で倒せないのですか?」

 俺は彼女の腰の刀を指さす。彼女は首を振った。

「あのような巨大な物を切り払うことなど妾には不可能じゃろう。あくまでも身を守るためにしかこの刀を振るってこなかったのでな」

 それに、と彼女は言葉を続けようとしたがそのまま飲み込んでしまった。

「先ほどから妾ばかり話しておるではないか。そなたらも話してみよ。どうやってここに来たのだ」

 俺とユメコも順番に話していった。昔城のあった山の近くに流れる川で心霊現象が噂されていること。三人でその川に飛び込む動画を撮ろうとしていたこと。ノリポンが上流のほうで溶けているのを見て逃げてきたこと。

「どうやらいつの時代も似たようなことをしているようじゃな」

 彼女は俺たちの事の顛末を聞き、おもむろに口を開く。

「どういうことですか」

 ユメコの困惑気味な問いかけに彼女は恐ろしいことを口走った。

「妾がここに来てからというもの、稀にここへ辿り着く者がおる。その者たちの話や服装から外界ではかなりの時間が流れている事を知っておる。妾が仕えていた家はとうの昔に滅び、南蛮の出の者が仕えていた事も、お守りしていた奥方様の名もなくなってしまった」

「南蛮って、スペインとかポルトガルの事でしたっけ?」

 大学受験の時日本史で習った気がする。遠い記憶を漁っていると、ユメコが

「イザベラさんは多分スペインの方だと思うわ。当時の女王がそんな名前だった気がする」

「それは父から聞いた。前の王が女王でそれにちなんで名付けた、と」

「あ、もっと昔だったのね」

 彼女の顔の特徴から東洋系でないことは勘づいていたが、そのような背景があったことは想像していなかった。彼女が鎧と刀を身につけていることも、言葉遣いが現代で馴染みのないことも。ぼんやりと昔の人としか認識していなかった。感心している俺を放ってユメコが思い出したように言葉をつづける。

「そういえばイザベラちゃん。ここから出られるってどういうこと?」

「そうだな。いい加減教えておこう。この場所は賽の河原だと思われる」

「賽の河原?」

 どこかで聞いたような言葉だ。

「親より先に死んだ子供が石を積み上げてその不孝を償う地獄のことよ。自分の背の丈まで積み上げなければ解放されないのじゃが、鬼がそれを崩してしまう。子供は仕方なしにいちから再び積み上げていくのじゃ」

「それなら自分の背丈まで石を積み上げればここから出られると?」

「おそらくな」

「「え?」」

 俺とユメコはそろって彼女を見る。確実にここから脱出できる方法ではないのか?

「あくまでもこの場所が地獄の説話と重なる部分があり、そこから解放される方法が今話したことというだけなのじゃ」

「もしかして確実なことは知らないの?」

 彼女はぎこちなくうなずく。目の前の女は適当なことを言っているのではないか。疑いが心の底から湧き出てくる。この女はもしかして帰る方法なんて知らないのだろうか。本当はやつらの仲間でここに引き留めるために嘘を教えているのではないだろうか。

「そんなことはございませぬ。その方法を教わった人たちは二度と帰ってくることはなかったのじゃから」

「でもそれは本当に元の世界に戻れた、ってことにはならへんやろ」

 彼女は視線を落として何も言わなくなってしまった。

「まあ、今んとこそれしか方法がないからやってみよ」

 ユメコが俺とイザベラの間に割って入る。俺は納得できないまま、洞窟の出入り口に向かう。

「ひとつ聞いていい? イザベラちゃんはもとの世界に戻ろうと思わなかったと?」

 彼女はしばらく沈黙していたが、声を絞り出す。

「妾は待っておるのだ。わが主が必ずここへ帰ってくると約束したのじゃ」

「こんなとこに引きこもって待つだけじゃあ、そりゃ帰る方法なんてわからんだろうね」

 俺は肩を落として河原へ出た。温かみのない空気が周囲を取り囲む。ユメコも追いついてきた。

「もう、ちょっと意地悪じゃなかと。イザベラちゃん困ってたよ」

「いやおかしいやろ。地獄とか石を積み上げればここから出られるとか」

「おかしいんはアンタよ」

 予想以上に彼女の肩をもつユメコに俺は苛つき、向き直る。

「おかしいだろ。こんな変なところに迷い込んで、あまつさえ変な女にここから出る方法を教えてもらったと思ったら帰れる保証のないこと教えられてさ。しかもその方法が迷信やぞ。そんなので帰れるわけないやろ。

もっと現実みろよ」

「現実見えとらんとアンタでしょ!」

 彼女に肩を押される。冷たい水が尻と後ろについた手に絡みつく。

「何すんねん」

「川に飛び込んでここに来たんが現実。ノリポンの身体がおかしくなっていったんも現実。ならここが地獄ちゅうことも現実やなかか?」

「そんな。おかしいやろ。だってこんなことありえん」

「いい加減目の前んことから逃げんな。ウチらだけでも帰らな」

 彼女は踵を返し、立ち去る。そしてしばらくして戻ってきた。腕の中にいくつか平たい石を抱えていた。河原にはいくつもの石が転がっているが、どれでも使えるわけではない。丸みを帯びたものは積み上げる途中でバランスを簡単に崩す。しかし平たいものはいくら積み上げても高さが稼げない。俺は仕方なく立ち上がり、河原を歩き回る。できるだけ平たいが、厚みのあるものを抱える。

「いいじゃん、それ」

 ユメコの元に戻ると進捗はよくないようだ。平たいとはいえ、凹凸がある。それを組み合わせて自分の身長ほどまで積み上げることは想像以上に難しい。三個積み上げれば上の方がぐらつく。五個積み上げれば塔全体が斜めを向く。その傾きはピサの斜塔顔負けだ。

「多分積み方がよくないんだと思う」

 彼女が塔をばらして積み直す。できるだけ高さの等しい石を円状に並べ、一段上にずらすように再び並べる。俺は彼女の意図を理解した。円筒状にすれば簡単に崩れないだろう。どの程度までなら塔だと認識されるのか不明な点が悩ましいところであるが。

「できそう、か?」

 不器用ながらもあと一段で自分の身長に届く高さまで石を積み上げた。

「何、この音」

 遠くから低い不協和音が響く。それに続いてひたひたと湿っぽい足音と金属を引きずる音も。

「急いで塔を完成させるんだ!」

 石を積み上げるべく持つ。しかし、襟を後ろから強引に引かれる。あの青白くひょろ長い異形の者たちがいつの間にかそこにいた。一体だけでなく、五体も。

「うわ、何しとっと!」

 鬼たちは見かけによらず、力が強い。ユメコの抵抗空しく、俺達の足は地面から数十センチ以上は浮き上がっている。彼らは意味不明な言葉をつぶやきつつ、積み上げた円筒に近づく。おそらく塔だと認識して壊そうとしているのだ。イザベラの顔が、言葉が脳裏を横切る。子供たちはいちから再び積み上げていく。でもまた鬼が崩しに来るのでは? 彼女が叫び、鬼たちの気を逸らそうと努力する。しかし、俺は目をつむり、歯を食いしばる。彼女の言ったことが全て正しかった。ここは紛れもなく地獄だ。

 暗闇の中で金属同士が勢いよくぶつかる音が響く。濡れ雑巾と割り箸を同時に叩き折る音がする。方々で聞こえるその音に続いて浮遊感が俺を襲う。目を開けると誰かが、彼女が鬼に斬りつけている。縦に振り下ろされる金棒を横に小さく避け、お返しに胴を切り裂く。横振りに対しては素早く懐に飛び込み、腕を切り落とす。

「イザベラちゃん!」

 彼女は振り返ることなく話す。

「妾は、本当はわかっておった。いくら待っても我が主はもう帰ってこない。ここへ来ることなどなかったのだ。飛び込む前に捕まったか、さまよい続けて川に呑み込まれたか、定かではないが」

 押し寄せる鬼の群れに飛び込み、布を裂くように切り倒していく。俺とユメコは急いで塔の最後を積み上げ、完成させる。そのとき、視界のごく一部から薄暗い霧が晴れた。いつの間にか河原から離れる方向に坂道が現れる。

「進め! その坂の先へ行けば現世へ帰れる! 決して振り返らずに走れ!」

 ユメコと俺は坂道に向かう。しかし俺は立ち止まった。イザベラに言わなければならないことがある。

「イザベラ」

「妾のことは気にせんでいい。お主に言われてようやく気がついたのじゃ。あそこにはいくらか人が来た。しかし待てど暮らせど妾と同じ時代に生きる者はついぞ現れなかった。もう妾が戻ってもそこは知らぬ時代。見知らぬ地も同然では生きていけぬ。なにより姫様に申し訳が立たぬ。ならば最後に果たせなかった誰かを守るという役目をここで果たさなければならん」

「イザベラさん。アンタのことを頭のおかしい人だと思ってたわ。けど、こんなところで自分の常識に縛られて行動しようとしていた俺が本当のどアホゥや。許してくれ」

「かまわん。生きて地獄をさまようなど正気の沙汰ではなかろう。こんなところ二度と来ないよう妾からも祈っておこう。ただひとつお主にお願いしてもよかろうか」

 彼女は振り向いた。柔らかく微笑むその顔はやはり東雲に似ていた。

「お主たちが似ていると言っておった者によろしくとでも言っておいてくれ」

 俺は頷き、ユメコを追いかける。

「イザベラちゃんなんて?」

「東雲によろしくだと」

「あはは。そんなん急に言われたらリアちゃん困るよ」

 俺達は坂を駆け上がる。そしてあと数メートルで出口となったとき。高揚していた気持ちを冷たい声がなでる。

「オレも連れて行けよ」

 耳元で聞き覚えのあるような声が響いた。というのも水の中で話しているような不鮮明な声であったし、何よりも彼はここにいるはずがないのだから。

「ノリ?」

 目の前を走っていた彼女が立ち止まる。

「オレまだやりたいことあるんだよなあ」

「だめだ聞くな。そのまま走れ!」

 彼女は我に返ったように再び走り始める。しかし、数秒走ってすぐに立ち止まる。

「おい、ユメコ。生きて帰るんだろ! 振り返っちゃだめだ」

 イザベラに言われていたことも確かだったが、それ以上に本能が警鐘を鳴らしていた。後ろには生きた人間はいない、と。

「うん。わかっとる。そうよね」

 彼女はうつむいていた顔をあげる。歩き始めると思ったのもつかの間。

「ごめん、やっぱウチもノリんとこ行く」

 困ったような悲しそうな笑顔で振り返る。彼女は一瞬のうちに暗闇から伸びる無数の青白い腕で覆われ、引き裂かれるように左右に割れる。俺は呆然と立ち尽くした。さっきまで前を走っていた女が地獄に呑み込まれたという事実は前に進む勇気を完全に削いでしまった。このままノリポンのところに戻るのも悪くないかもな。そう考えると俺は踵を返そうとした。

「早く帰れ! お主を待っておる者がおるじゃろう!」

 後ろから衝撃が走った。俺に選択肢はなかった。前に倒れ込むように坂道の終わり、光の向こうへ足を踏み出した。


 目に光が刺さる。反射的に瞼が開閉を繰り返す。

「おはよう、コウちゃん」

 柔らかい声が聞こえ、振り向く。耳に衣擦れのうるさい音が入る。どうやら俺はベッドに寝かされているようだった。

「お、おはようリア」

 ちょうど彼女は小さなナイフでリンゴの皮をむいていた。その姿にどこか懐かしさを感じる。

「なあ、なんで俺病院のベッドに寝てるん?」

 ぼんやりとした頭を起こそうととりあえず質問する。いまいちここにいる心当たりがない。

「なんで、って覚えてないんですか?」

 なぜか驚かれる。俺は首を傾げながら頷く。

「コウちゃんが連れて行ってくれた城跡で怪我したんですけど。本当に覚えてない?」

 城跡、と言う単語に妙にひっかかった。たしかに誰かと行った気がする。しかし、彼女はその場にいただろうか?

「行ったような、行ってないような。怪我って転んだのか?」

「違うよ。心霊現象の噂がある近くの滝で浮遊感がたまんねえ! とかいいながら川に飛び込んでいったんだよ? そんなに高さがないはずなのに頭から落ちて血が出てね。川から引き上げて救急車呼んで、って大変だったんだから」

「わ、わりぃ」

 俺だけが飛び込んだのか? 記憶をまさぐる。誰かを忘れているような気がする。

「なあ、ユメコはどうした? ノリポンは?」

 口からこぼれ出た名前に疑問を覚える。

「ん? 誰って? 私とコウちゃんだけしかいなかったはずだけど」

「そうか。それもそうだな」

 バカで突拍子もないことを考え出す男、安田憲正。そんな彼に表向きは冷ややかな視線を送っているが、実は好きな永野夢子。知り合いにそんな名前のやつはいないはずだ。しかし彼らのことをなぜか知っている。

 俺は頭を打って一時的におかしくなっているだけだ。そう言い聞かせた。

「そうそう、後ででいいけど動画みてよ。と言ってもコウちゃんが怪我しちゃったからお蔵だろうけど」

「ど、動画撮ってたのか?」

「撮ってたよ? ていうか動画の撮影でいったんじゃん。あの城跡、山の中だったし、異様に寒かったからもう行きたくないんだけど」

 彼女の差し出したビデオカメラを奪い取り、最近撮ったビデオを再生する。

 そこには俺が映っていた。半裸で滝の説明をしている。しかし、その背後に二人、顔が見えない人物が立っている。二人ともうつむき気味とはいえ、表情が見えないほど薄ぼやけている。そんなことに気づいていないように俺は背後を振り返り、滝に向けて飛び込んだ。二人ともその様子をジッとみているだけだった。俺は短く悲鳴を上げてカメラを取り落としてしまった。一気に身体が重くなった気がする。

「だ、大丈夫? うわ、レンズにひびは入っちゃった。買い換えかあ」

「ごめん、弁償する。当たんなかった?」

「うん、私は大丈夫。でもコウちゃん顔色悪いよ。お邪魔しすぎちゃったかな? もう帰っちゃうけどまた明日来るね」

 彼女は四分の一残したリンゴを置いて病室を去った。先ほどの映像はなだったのだろうか。彼らがノリポンとユメコなのか。

「おにい。元気?」

 東雲と入れ違いで高校生が入ってくる。妹の英梨だ。

「おう、英梨。なんとかな」

「もう、リアさんとデートなんて行くからバチ当たったんやない」

「デート?」

 今思い返せば東雲の距離感が前より近かった気がする。持ってきたリンゴを半分以上食べていってしまうのはマイペースな彼女らしいが。

「あれ、動画撮影とデートは別で考えるクチやっけ? 今回のことが原因で別れちゃったりするん?」

「・・・んなわけないやろ」

 俺は頭をフル回転させ、苦笑いで一言。それが精一杯だ。滝に飛び込む前と今では状況がかなり変わっている。

「ねえ、次動画撮るときウチも連れて行ってや。おもしろそうやし」

「そんな気軽に言うもんじゃああらへん。リアに聞いてみてOKでたらな」

「あ、それは大丈夫。もう許可もらってんねん」

 心配になりつつも、「リアが言うなら」とあきらめ半分でつぶやくと、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 身の周りから二人消えて一人が新しく入ってくる。ひとりになった病室で窓の外を眺める。ちょうど陽が落ちて空がオレンジ色に染まっている。あの薄暗い灰色と紺色の世界がフラッシュバックする。彼らと生きて地獄から脱出できなかった。その事実が新しい記憶に埋もれることなく異様な輝きを放ち、胸をじわじわと蝕む。

 リンゴの最後の欠片をほおばる。俺は東雲に似た武者にもう一度会いにいこう、そう決意した。

うっかりメイです。

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