魔道具職人。時々、冒険者
大陸の西寄りにあるアルフェラッツ王国。
通年を通して穏やかな気候が安定していることもあり、大陸有数の穀倉地帯を保有する国としても有名である。そして、その首都エニフに、いま大陸中から注目されている店があった。それはメイン通りからは少し外れた、職人街と呼ばれる一角にある一軒家。
元は冒険者向けの小規模な宿屋だったのだが、ここに数年前、一人の魔道具職人が移り住んだ。当時はまだ無名だったのだが、店を構えた職人が若い女性ということもあり、周囲からは好奇の目で見られていた。同時に、皆思ったものだ。いつまでもつだろうか、と。
しかし、それも店主の魔道具職人としての腕が知れ渡ると一変した。
店主が手掛ける魔道具は、一般的なものと比べると少々変わっている物が多かったのだが、性能がずば抜けていた。
特に冒険者を中心とした危険と隣り合わせの生活をしている者が、まずその性能に飛びついた。冒険者活動をする上で、こんなのがあったらと考えていた魔道具の数々が、店主の手によって作り出されていたからだ。
値は、相場よりもかなり上。しかし、それでも手に入れたいと思わせる高性能に加え、見た目の美しさも相まってすぐさま話題となった。
そうなると、よからぬことを考える者が出て来る。
特に店の圧場所は、職人街でも外れにあり、憲兵による見回り等も少なく当然のことながら治安はあまりよろしくない。故に、大半の人間はどうせすぐにトラブルに巻き込まれて店を畳むとか、騙されたり付け込まれてたり割いて搾取される立場に陥るか、そんな事態に陥るだろうと考えていた。
だが、そんな予想は尽く裏切られた。
この店主、見た目は普通の女性なのだが、腕っぷしがとんでもなかったのだ。
最初の犠牲者は、当時その辺りでよく見かけていたゴロツキが数人。
詳しいことはわからない。だが、そいつらが店に入って数分、怒号と共に扉を破壊する勢いで叩き出された。そして、それを追うように出てきた不機嫌全開の店主、悪態をつきながら尚も向かってくるゴロツキどもを野次馬が見ている前で戦意喪失状態にまで追い込んだ。短時間で。
最終的にはピクリとも動かなくなった辺りで、騒ぎを聞き付けた憲兵が慌てて止めに入って終了した。しかし、それまでにひたすら説教(物理込み)を受けていたのが効いたようで、これ以降は改心したのかまじめに働くようになったりしている。
そんなことが何度か続けば、この店に手を出そうと考えるおバカさんはいなくなる。
特に最初の一件を目撃していた連中は、この店主を敵に回すのはマズいという認識が浸透。女という事でどこか舐めた態度を取っていた近所の職人たちも、認識を改めることになった。それに、年が若かろうと女だろうと、腕のいい職人となれば周囲の職人たちも次第に興味を持ち始める。
職人街では新入りの店主も、積極的に人付き合いはしないが交流を拒否しているわけではない。むしろ、自分の糧となりそうな話であれば向こうから聞きにやってくることもあり、次第に周囲の職人たちとも打ち解けていった。
そうして、現在。
魔道具職人として、素材狩りついでに気まぐれで始めた冒険者として、メキメキと腕を上げ続けた店主。職人としての名声は大陸中に知れ渡っており、手掛ける魔道具の高性能ぶりも高く評価され続けている。
彼女が手掛ける魔道具、そのあまりの性能の良さから欲しがる者は多いのだが、入手はとても困難となっていた。高性能故の価格と数の少なさ、不定期経営が主な原因ではあるが、一番は店主が気に入らない相手には売らないというところだった。
高性能魔道具を作れる職人という事で取り込もうとする権力者や大店も多いが、今の所は誰も成功していない。女性の一人暮らしに加えて憲兵があまり見回らない地区に店を構えているにもかかわらず、空き巣や強盗等の被害を一切受けていないという点でお察しなのだが、それに気づけない者は軒並み痛い目にあっていた。
この日、久しぶりに開いていた魔道具店。待ってましたとばかりに身なりの整った男性が店に入っていったのだが、すぐに乱暴に開いた扉と共に、店から転がり出てきた。
「帰れ」
扉の前で、不機嫌さを隠しもしないで言ったのは、この店の店主。
開店早々、然る貴族の使いだという男がやって来たかと思うと高圧的に出たものだから、速攻で店から叩き出されたのだ。
「貴様……! 私を誰だと思ってる! こんなことをしてタダですむと」
「知るか」
「生意気な! 我が主が目をかけてやるとおっしゃっておられるのに!」
「寝言は寝てから言え」
相手をするのもばかばかしいと言わんばかりにさっさと引っ込んでしまった店主に、騒ぎを聞きつけて集まっていた野次馬はまたかと乾いた笑いを浮かべていた。彼女の店ではこういった事が定期的に起るので、もはや見慣れた光景である。
尚も扉の前でぎゃーぎゃー騒ぐ男を、誰が呼んだのか憲兵が駆け寄って問答無用で回収していった。これも見慣れた光景だったりする。
「職人としても一流だけど、冒険者としても一流なのは有名なハズなんだけどなぁ」
見物していた一人がぽそっと呟く。
「女って事で舐めてんじゃねーの? 僅か二年足らずでSランクに駆け上がったバケモンだと知ってたら喧嘩売らねーだろ」
「まあ、見た感じはそこまで凶暴には見えんか」
「何もしなければ普通だしな。キレると口悪いけどよ」
こんな会話も日常茶飯事。
彼女がここへ店を構えたことでこの辺りは治安が飛躍的に良くなっていることもあり、この界隈の住民は多少の騒ぎが起こっても誰も何も言わない。
「ったく、うざい」
店に入ってくるなり同行しろと言ってきたバカを叩き出して、疲れたように呟く。
艶やかな黒髪は長い所でも肩にかかるくらい。少し色の入った眼鏡の奥の瞳の色は、はっきりとはしないが、明るい色をしているのだろう事はわかる。背は、女性にしては高い方かもしれないが、目立って大きいわけでもない。見た感じは、どこにでもいそうな普通の女性。ただし、中身は大陸全土でも数人しかいないとされているSランク保持者である。
「ひっさびさに店開けた途端これかよ」
うんざりと呟く店主。
この街に店を構えて、四年。
魔道具職人としての知名度はすでに有名どころの話ではなく、その所為もあって先ほどのような勘違い客がたまにやってくる。その都度、叩き出してはいるのだが、後で憲兵が確認に来たりすることもあるので非常にメンドクサイ。
なんかもう、今日は店を閉めようかと腰を上げようとしたとき、来店を告げるベルが鳴った。
今日はもう接客する気分ではないのだが、閉店の札をかける前に入ってこられたのだから相手をしないわけにもいかない。
仕方なく顔を出すと、そこには白い騎士服の若い男が立っていた。
「……どういったご用件でしょうか」
王城勤めの騎士がこんな街外れの店に何の用だと訝しく思いながらも声をかけると、興味深そうに棚に陳列されている魔道具を見ていた瞳がこちらを向いた。
「すまない、突然。こちらで魔道具の修理を頼めると聞いたのだが」
販売がメインで修理は稀に受けることはあるのだが、修理をやっていると掲げたことはない。どこから聞きつけたのかと警戒しつつも、目の前の騎士をさりげなく観察する。
先ほどの高圧的な態度を警戒していたせいか、あまりにも普通に接してくる騎士に若干気が抜けた。冒険者としても活動中なので騎士とは基本的にあまり相性が良くないのだが、目の前の人物にはいまの所は嫌悪感はわいていない。
取り敢えずは大丈夫そうだと判断して、頷いた。
「モノに寄りますよ」
「これなのだが」
そう言って騎士が取り出したのは、小さな時計のような魔道具。
手袋を嵌めて手に取り、ざっと観察する。
「ああ、位置測定と通信の魔道具ですか。……ん? 映像も出せるのか、これ」
珍しそうに眺めつつも一発で性能を見抜いた店主に、騎士が驚愕の表情を浮かべた。
「見ただけでそこまでわかるのか」
「は? ああ、わかんなきゃ修理できませんからね。これだったらすぐ治せますよ」
そう言いながら手際よく分解し、中心部に嵌め込んであった石を取り出すと布で軽く磨き、片方の手袋を外して握り込むと手に魔力を集中させ始めた。
「それは?」
何をやっているのかと聞いたのだろう騎士に、店主は顔を上げずに分解した魔道具を見ながら、
「魔石は魔力切れ。吸い取らせた形跡があるから、たぶん、魔力を消す場所に行くとかその類のモノの近くにしばらく放置するとかしたんでしょ。後は何か所か破損してるけど、これは経年劣化かな。術式は破損してないから大丈夫だろうけど、また調子悪くなるようならこの辺りは交換しないとダメだろうね」
そう言いつつも片手で手際よく破損しているだろう個所にピンセットを使って何かを嵌め込んでいき、魔力を当てて馴染ませている。
「器用なものだな……」
手元を覗き込んでいた騎士が、感心したように呟く。
「このくらい出来なきゃ職人やってませんよ」
そう答えながらもテキパキと作業を終え、握っていた魔石を再び布で磨くとピンセットを使って中央に嵌める。
元通りに組み立てて起動させると、問題なく動作した。
「すごいな。城の技術者たちには直せないと匙を投げられたのだが」
「でしょうね」
型通りのやり方しかできない連中には修理は出来ないだろうなと思いつつ、直した魔道具を差し出した。
騎士が持ってきた魔道具は、迷宮と言われる場所で稀に手に入る特殊な類のモノ。
迷宮というのは、過去の文明の遺産だとか言われてはいるのだが、詳しいことはわかっていない。ただ、人知の及ばぬ不思議空間であり、そこから発見される宝物の中にはこのような魔道具も多く、中には人の手では作り出せないだろうモノも存在する。
一攫千金を夢見る冒険者が探索に訪れることはあっても、
騎士は受けると自分でも起動させて確かめている。頷いているところを見ると問題ないのだろう。
「すまない。助かった。料金はいくらになるだろうか」
「いらんですよ」
あっさりと言われ、一瞬ではあるが騎士が固まった。
「いや、しかし」
「いらんです。修すって程の事もしてないんで」
きっぱりと言い切り、困惑しているらしい騎士に視線を向けた。
実際、修理に関してはその場で簡単に治せる程度のものであれば料金は取っていない。基本的に知り合いからしか依頼は来ないので、取るにしても修理に使った材料費程度なのだ。さっき使った素材も、作成中の魔道具に使った余りもので、小さすぎて使い道のない物。なので、このやりとりは店主にとってはいたって普通。
ただ、騎士が明らかに困惑しているのを見て、それもそうかと取り敢えず話題を変えてみることに。
「騎士さんその制服、近衛ですよね」
唐突な質問に、きょとんとしつつも頷いた。
「そうだが」
「グリエゴ伯爵ってどんな人です? ああ、役職とかそういうのはいらないんで。人柄とか」
いきなり何を聞くのかといぶかしげな様子ながらも、この店主なら悪いようにはしないだろうと判断したようだ。
「一応は名家と言える家柄だ。ただ、優秀だった先代が隠居してから現当主の評判は良くない」
それだけ告げると、納得したように頷いた。
「何か気になる事があるのか?」
「気になるというか、騎士さんがくるちょっと前にその人の使いってのが来てね。叩き出した」
「叩き出した……?」
信じられないものを見る目を向けてきたので、その時の状況を軽く説明。
まあ、自分の見た目が強そうには見えないのは自覚しているので信じられないんだろうなと付け加えると、それに関してはあっさり否定された。
「いや、そうではなく。君が強者だという事はわかる。ただ、名のある家の使いで来た者が叩き出されるようなことをしたのかと」
「あ、そっち」
どうやら驚く方向が違ったらしい。
店主にとってはわりとよくある事なので、そんなに驚かれるような事だったとは思いもしなかった。というか、外見だけで強者と判断されたのは初めてで、その事にも驚いていたりする。顔にも態度にも出さないが。
「家名に泥を塗ることになるような行為は避けるのが当たり前だ。使用人の不始末は雇い主の責任。通常、使用人に対してもその辺りの教育はきちんと施すのが基本なのだが」
「……? ウチに来る貴族さん、その教育されてない連中が大半だけどね」
貴方みたいに普通に接してくる人、逆に見たことないよと言えば、額に手を当てて溜息を吐いた。どうやら頭の痛い事態らしい。
「本当に申し訳ない。すぐに調査をするよう通達しておく。結果は追って知らせるので、処分等を望むのであれば」
「いらんて、メンドクサイ。来たら叩き出せばいいだけだし」
「しかし」
「気になるんなら、ウチより周りの店に気を回してくれない。似たような被害受けてる店あるから」
ウチは自衛出来るから問題ないけどと付け加えながらさらっと告げた内容に、騎士の目が剣呑な物へと変化した。街の治安は憲兵隊の仕事だ、近衛に言ったところで無駄かなとは思ったのだが予想以上に効果があったらしい。
まあ、他の店で同じようなことをしようにも、周囲の店と連携してうまいこと追い出しているので、さほど問題にはなっていないのだが。うざい事には変わりないので、対策してくれるなら有難い。
「どうやら早急に対応する必要があるようだ。今日はこれで失礼する。礼はまた後日改めて」
そう言ってさっと出て行った騎士を、呆れたように見送る。
ここしばらくの問題がこれで片付きそうだとホッとするのと同時、身分制度の厄介さを改めて感じていた。
**********
あれから一週間。
副業感覚でやっている冒険者活動をしつつ魔道具に使う素材集めに出ていて店を開けていなかったので、一週間ぶりの開店だ。
前回、やはり久しぶりに店を開けた途端に迷惑な客もどきが来たこともあり、開けるか一瞬迷ったのだが、今月はなんだかんだでほとんど店を開けていなかったので、営業することに。
不定期経営の店を開けると、すくに来客があった。あの時の騎士だ。
また修理の依頼かと思ってると、どうやら律義にも先日の件を報告に来てくれたらしい。近衛と言えば王族直下のエリート部隊なのに、わざわざこんなとこまで暇な事だと呆れつつも、せっかく教えに来てくれたのだからと話を聞くことにした。
「先にこれを渡しておこう」
そう言って下げていた袋を机の上に置いた。
何だろーか重いなと思いながら中身を机にぶちまけた店主が、一瞬固る。希少鉱石のアダマンタイトだった。
「君は修理費は要らないと言ったが、それでは私の気が済まない。我が家に眠っていたもので申し訳ないが、職人なら金品よりはいいかと思ったのだが」
「あ~……いや、貰っていいなら貰う……いやいやいや、貰いすぎだって、これは」
さすがにこんな質のいいアダマンタイト、売ったらとんでもない金額になる。全部貰うのはどう考えても貰いすぎだ。かと言って騎士の様子を見る限り、全部買い取ると言っても納得しないだろう。
「えーと、では一つはもらうとして。後は買い取りますよ」
あんな修理一つでアダマンタイトの塊貰うってのにも罪悪感がありまくるのだが、良質なアダマンタイトはいくらでもほしい。幸いにも買い取れる資金はあるのでそう提案したのだが。
「気にしないで受け取ってくれ。どうせ使い道もなく眠らせていただけのものだ」
「いやいや、んな気軽にあげます言ったらダメでしょ、これは。この塊一つでいくらすると思ってんですか」
この人の金銭感覚はどうなってんだと思いつつ言うが、向こうも引かない。
この後、しばしあげる買い取るの攻防が続き、ついに店主が折れた。
「わかりました。有難くいただきますよ」
面倒になった店主が少々投げやりな様子で言うと、満足そうに頷く騎士。爽やかで物腰柔らかな印象とは裏腹にえらい頑固だなと呆れつつもひとつを手に取る。もちろん、全てタダで貰うつもりなどない。
「ただし。そこの棚にある魔道具、好きなのもって行ってください」
サラッと付けたらされた台詞に今度は騎士が固まった。してやったりと、にやっとした店主に今度は騎士が苦笑する。
彼女の作る魔道具は高性能な上に一点物が多い。故に値段も釣りあがるのだが、いかんせん本人がかなり気まぐれな所があるので数が少ないし、気に入らない相手には売らないのでそう出回る事もない。手に入れた人間が手放なすこともまずないので、希少という付加価値も付いてくる。
「三つくらい持ってっていいよ、値段的に。そこの棚にあるのは前衛系の連中が喜ぶから騎士さんも使えるんじゃない?」
「いや、それはさすがに」
金さえ積めば手に入るような物ではないことは知っているようで、三つと言われて思いっきり戸惑ってる。一つでも手に入れることが出来れば幸運と言われているのだから、ある意味当たり前の反応だ。
「持っていけって。選ばないなら適当に押し付けんぞ」
値段は気にするなと言われ、さらに押し付けるとまで言われては選ぶしかない。
仕方ないかと諦めつつもやはり興味はあったようで、魔道具を見る目はどことなく嬉しそうだ。まあ、望んでも手に入らないと言われている前衛職には垂涎物の魔道具だ、嬉しくないはずはない。
しばし真剣な様子で選んでいたが、やがてブローチ型の小さな物を二つ選んでテーブルに置いた。
「では、これを」
「一個足らんよ」
「いま、自分に必要と思えるものはこの二つだ」
騎士がそう答えると、納得したらしい。あくまで自分が使うことを前提に、自分を補うためのものを選んだのが好印象だったらしい。店主がにやりと笑う。
「なるほど。じゃあ、今は無理に持っていけとは言えんね。しっかし、意外としぶいとこ選ぶね、抗魔法に浮遊とは」
「魔法関係はどうにも苦手でな。これも、以前に罠にはまって落下しかけたことがある」
「なるほど。まあ、自分の苦手わかっててそれを補うためのモノ選ぶんだったら大丈夫か。使い方は?」
「わかるとは思うが、一応聞かせてもらえるか」
「了解。基本的には身に着けとけば必要に応じて勝手に発動する。ただ、こっちの浮遊は任意で発動させることもできるから」
「ほう?」
「ここの石、これ」
「ああ」
「これを、こうすると光るでしょ。この状態、いま自分がいる高度を関知して、その高度を維持する」
「なるほど。では、橋を渡らずとも対岸に行けたりもするのか?」
「そういう事。ただまあ、任意で使う場合はつけてる人間の魔力を使う。魔力の消費は激しいから注意しな」
「了解」
「で、抗魔法は持ってればいいだけ。一応、全属性の耐性上がる仕様にはなってっから、よっぽどデカい魔法くらわない限りは即死するようなダメージは受けないと思うよ。これはこっちみたいな機能はないけど……ちとオマケ着けとくか」
そう言いながら店主、二つの魔道具のうち抗魔法の魔道具を手に取ると軽く握り、持った手に魔力を集中させ始めた。
「それは?」
何をしているのかと聞きたいのだろうと理解した店主、短く答えた。
「反射」
と。
「反射?」
「そ。要するに、攻撃系の魔法を反射する。完全には防げんだろうけど、抗魔法ついてっから大ケガすることはまずない」
何でもない事のようにさらっと付け足された言葉に、騎士が固まった。
通常、魔道具に組み込める効果はひとつ。相当に腕のいい職人でも二つが限度と言われておる。しかもそれは、作成時に同時に組み込む必要があり、後から追加できるようなものではないのだ。職人ではなくとも、そのくらいは知っている。
「ああ、内緒で。後から付与追加できるとかバレると面倒ごとに巻き込まれそうなんで」
「わ、わかってる」
手の上に浮かんでいた魔方陣が、吸い込まれるように消えていく。
開いた掌には、先ほどの何も変わった様子のない魔道具。店主が一応、全体をチェックしているが問題はなさそうだ。
「うん、大丈夫だね。ほれ、持っていきな」
そう言ってポイっと投げられたそれを、騎士が慌てたように受け取った。
「……見事なものだな」
初めて自分の目で魔道具に効果が付与される場を見て、感嘆しているようだ。
「この程度の腕がなきゃ、あんな値段で売れないって」
ちらりと商品が並ぶ棚に目を向けた店主。
確かに、ここで売られている物は高額になりがちな魔道具の中でもかなりの高額と言える値段ばかりだ。だが、装飾品としても十分に通用する見た目の美しさや性能を考えれば、納得できなくもない。事実、そんな値段でも欲しいと考える者は後を絶たなのだから。
二つの魔道具を手に取り、しばし考えるようにそれを見つけていた騎士だったが、顔を上げると笑顔を浮かべた。
「ありがとう。遠慮なく受け取らせてもらう」
「いやいや、稀少鉱石、これだけもらってんだから」
礼を言うのはこっちだと店主が呆れ気味に返す。
この日以来、この騎士は店主の友人となり頻繁に店に出入りするようになる。
**********
騎士は度々店を訪れるようになっていた。
不定期経営な故に開いていない事も多い店だが、不思議と開いてる時には絶対と言っていい程の確率で来ている。
まあ、高位貴族っぽいし、誰かに見に来させるとかしてんだろうと店主は深くは考えていなかった。長居するわけではないし、ふらっと来ては邪魔にならない程度に話をして帰っていく感じなので、今の所は気にしてない。むしろ、たまに家にあったと言って希少鉱石や魔石を持ってきてくれるので喜んで買い取らせてもらっている。
本日も修理の依頼がてら話していた時に、当然の訪問があった。
突然、駆け込んできたその人物に店主が眉間に皺を寄せる。
「なんだよ、ギルマス。今月はもう仕事受けないっつっただろ」
自分の所へ来る要件など他にないだろと言わんばかりに言う店主。
駆け込んできたのは、この王都にある冒険者ギルドのマスター。えらく慌てた様子に、なにか厄介ごとをもってきやがったなと、店主は警戒中。
しかし、それもある意味仕方ないのだ。
現在、王都の冒険者ギルドではSランクは店主ただ一人。故に難易度の高い依頼がギルドマスター経由で来ることがよくある。
「そう言わずに頼む! 近くの村がキラー・ビーの群れに襲われている!」
「は?」
思わず声を上げ、眉根を寄せた。
「なんであんなのが村襲うんだよ。有り得ないだろ」
「引き込んだバカがいるらしい」
その言葉で察した店主が舌打ちする。
キラー・ビーと言うのは、魔蟲の一種。人間の大人の頭ほどの大きさのハチで、森の中に巣を作って生活しているのだが、鋭い顎と神経系に作用する毒を持っており、一応は危険生物と認識されている。こちらから手を出さない限りは、基本的には無害だ。ただし、巣を攻撃されると、途端に恐慌状態となり、辺りにいる生物を手当たり次第に襲うようになる。運悪く視界に入っただけでも攻撃対象になってしまうので、相当数の生き物が犠牲になることが多い。そして、ハチの毒に倒れた獲物を狙って様々な魔物が集まりやすくなり、さらにはそれを狙った上位の魔物も出現しやすくなるという悪循環を生む。故に、一度この状態が発生したら、出来るだけ早く討伐するしかない。
聞いてしまった以上はさすがに放置できないかと、店主は装備を整えてくると告げて一度奥へ引っ込んだ。
「詳しく聞かせてくれないか」
どうにか手を貸してもらえそうだとほっとしていたギルドマスターに、様子を見ていた騎士が声を掛ける。その時になって、初めて店主以外にもいたことに気づいたギルドマスターは、振り向いた瞬間に硬直した。
そのタイミングでささっと装備を整えて何時でも出れる状態で戻った店主、なぜか騎士を見て顔色を悪くしているギルドマスターの姿に首を傾げた。何してんだと思いながらも準備が出来たと声をかけると、軋んでんのかと思う動作でこちらを向く。
「おま……なんっ、どういうっ!?」
「いや、わかるように喋ってくれない」
呆れて突っ込む。
「おま、お前、この方をどなただと!」
「知らん」
「知らんじゃねーだろ! 第三王子フェルナンド殿下だぞ!」
「へ?」
思わずきょとんとなる。
店主がマジかと視線を送れば、余計なことをと言わんばかりの顔でギルドマスターを見ているので、本人的には知られたくなかったのかもしれない。
「あ~……そう言えば継承権放棄して騎士になった変わりものの王子がいるとか聞いた気が……そっか、騎士さん王子サマだったんだ」
あまりにも何でもない事のようにさらっと店主が言ったものだから、ギルドマスターが必死の形相で怒っている。王族相手に無礼だと青い顔をして。言われてる本人は、王族の前で騒ぐのはどうなんだと思ったが、口には出さなかった。
一方、思いがけず暴露された王子はまったく態度を変えない店主に驚きを隠せない様子ではあったが、同時にどこか嬉しそうでもあった。
「で、いい加減状況教えてほしいんだけど」
騒いでる暇あるのかと説明を促すと、ギルドマスターもそうだったと現状でわかっていることを説明し始めた。
現状で分かってることをざっと聞き、さすがに険しくなっていく表情に興奮気味だったギルドマスターも落ち着きを取り戻したようだ。高まる威圧に我に返ったともいうが。
「村じゃなきゃ魔導師数人で辺り一帯爆砕すりゃ終わんのに」
忌々しそうにぼそっと物騒な事を呟く店主に、それはやめろとギルドマスターが必死の形相で止めている。止めないと冗談では済まない事態になるのは、容易に想像がついたからだ。
「人海戦術。各個撃破するしかないね」
急ぐよと声をかけると、意外なところから声が掛かった。
「私も行こう」
騎士が声をかけてくる。
ざっと聞いた限りでは、状況的に実力者の援軍は有難い。ちらっとギルドマスターに視線を送る店主、出来れば連れて行きたいと目で訴えるがギルドマスターは気づかない。
「は!? いやいやそんな! 殿下のお手を煩わせるわけには!」
だが、ギルドマスターは大慌てで止める。まあ、当たり前だ。
この国の第三王子は文武両道で有名ではある。戦力としては来てもらえればかなり助かるだろうが、いかんせん相手は王族。間違えてもお願いしますとは言えない。万が一の事でもあったら、それこそ大問題だ。
ギルドマスターは必死で止めるが、戦力になると確信している店主は、
「いいんじゃない? この騎士さん、かなり強いよ。つーか、呑気にしゃべってる場合じゃねーだろ」
あっさり賛成を口にして、さっさと行くぞと促す。
「では、案内を頼む」
同調したフェルナンドがギルドマスターにそう言いながら先に出て行ってしまったので、仕方なしにギルドマスターも店を出た。
用意されていた馬で急いで駆けつけてみれば、まだあちこちで交戦中だった。
「うっわ……」
あまりの惨状に、店主の眉間に皺が寄る。
ケガ人の山に、回収することも出来ずに放置されている遺体には魔物が食らいついている。取り敢えずそいつに魔法を打ち込んで注意を引き、こちらに突っ込んできたところを切り伏せる。そして、改めて周囲を見回した。
想像以上に凄惨な現場に、思わず顔を顰める店主。
戦況を観察すれば、キラー・ビー以外にもすでに数多の魔物が集まっていて、そっちのほうが厄介なのが多かった。この分では、村の周辺には相当数のおこぼれ狙いが集まっているはずだ。上位の魔物が寄ってくるのも時間の問題だろう。
「やっぱ引き金になったか。騎士さん、どれくらいいける?」
剣を抜きながら訪ねてくる店主に、ちらっと周囲を確認しつつ状況を把握する。
「東は任せてもらって大丈夫だ」
「いいねぇ」
期待通りの応えに、にやっと笑みを浮かべると。
「おっさん!」
ギルドマスターを、まさかのおっさん呼びする店主。
「東はこの騎士さん、北は私が行くからそっちに割いてる連中、ケガ人の回収と他への増援にまわせ」
「ちょっとまて、いくらなんでもあの数を二人では……!」
慌てるギルドマスターに、しかし店主はにやりと笑みを浮かべた。
「Sランク舐めんな、三十分で片づけてやる。騎士さん、そっちまかせたよ」
「ああ」
**********
宣言通り、三十分と掛からずにそれぞれの持ち場を殲滅した二人は、すぐに他を回って片付けていった。
殲滅は終了しても、まだしばらくは警戒が必要な事とケガ人の治療等で現場は大混乱だったが、王子がこちらへ向かっている最中に、城へ物資と医師の派遣をさくっと手配してくれたらしく、今は休憩しながらそれを待っているところだ。ちなみに討伐した魔獣の大半はギルドで買い取ることになった。買い取った費用の大半は、村の復興費用の足しにする予定との事。
「とんでもねぇな、ホントに……」
疲れ切った様子で呟くギルドマスターに、店主がなんの事だと言いたげに片眉を上げる。
「聞いちゃいたけどよ。実際にお前が戦ってんの見るのは初めてだろ」
「そうだっけ」
「そうなんだよ。なんなんだよ、本当に。迷宮潜ってボス一人で倒してくるのも納得だ」
「そりゃどうも」
あれだけ戦っていたにもかかわらず、大した疲労も見せずに平然としている店主に、もはや溜め息しか出ないギルドマスター。
彼女に関しては色々と噂にはなっているし、難しい依頼も確実にこなしてきたので、相当な実力者だというのはわかっていた。その腕を見込んで色々とギルドマスター自ら依頼を持っていき、その中にランクアップに必要な案件などもこっそり紛れ込ませて店主をSランクまで昇格させたのは、このギルドマスターなのだから。
実際にその実力を目にしていなくても、数々の依頼成功からそれがどれ程のモノなのかは想像できるし、聞こえてくる噂からもある程度は推測できる。
だが、噂というのは尾ひれがつきやすいもの。少なからず誇張されてる部分もあるんだろうなとこれまでは考えていたのだが、今回、逆の意味で噂通りではないことを痛感していた。噂以上だった。
それにしても、と。
「殿下。ご助力ありがとうございました」
店主と同じように、すました顔で村人が淹れてくれたお茶を飲んでいるフェルナンドに、ギルドマスターが頭を下げる。
「気にしないでいい。私が自分で同行を願い出たのだから」
「それでも、助かりました。しかし、お強いですな」
感心したようにギルドマスターが言う。こちらも噂としては耳にしていたが、ここまで強いとは思ってもいなかったのだ。
「だから言ったじゃん。この騎士さん、強いって」
「だからお前、口の利き方……!」
ギルドマスターが青い顔で叱るも、まったく聞く気のない店主は聞く耳持たない。
「気にしないでいい。今更改まってもらっても、こちらも困る」
「ほら、気にしてないじゃん」
「良いから黙れ! しかし殿下、人目もありますので」
「かまわない。私は近衛騎士の一人でしかないのだから、そう改まらなくていい」
さっきから、こんなやり取りが何度繰り返されている事やら。フェルナンドは店主の態度についてはまったく気にしていないし、店主は治す気など皆無である。言うだけ無駄だ。
「ところでさ。原因、なに?」
「多分、あれだろ」
店主の質問に、そう言ってギルドマスターが指さした先には。
キラー・ビーの巣。それも一つや二つではない。バタバタしてて気づかなかったが、なぜあんなモノがと眉間に皺を寄せる。
「この近隣の人間なら巣には手を出さないだろ。どう言う事?」
幼虫が滋養の食材となるので使う事はあるが、巣ごと取るなど正気の沙汰ではない。捕るにしても夜間は親バチも大人しくなる習性があるので、暗いうちに一度に数匹をこっそり頂くだけだ。
「西の方ではアレを薬の原料にしてるだろ。睡眠魔法で眠らせた隙に根こそぎ取って来たってとこじゃねーかと睨んでる」
「バカだろ」
「バカだな」
「どれ?」
「あれだ、縛って一纏めにしてあるだろ」
村の隅に、一纏めで縛り上げられている男が数人。側にいくつかの死体が転がしているところを見ると、あれも仲間だったんだろう。犠牲者が元凶だけで済んだのならまあいいかと視線をギルドマスターに戻す。
「で、なんであいつら村に来たわけ?」
「小さくしてから運びたかったらしく場所と道具を貸してくれと言ってきたそうだ。まあ、あれ見て村長が出て行けと言ったが聞かなかったらしくてな。追い出そうとしている内に集まって来たらしい」
「で、そのまま村の内部まで逃げ込んだってか? 頭悪いにも程があんだろ」
呆れきった表情で呟く店主。その目には、はっきりとした侮蔑が込められていた。
すると、一人、話についていけない王子がどういうことかと言いたげな目を向けてくる。
店主は、ああと声を上げると、
「あの巣、確かに薬の原料にはなるんだよ。蜂が巣を捨てて数年経ったものじゃないとダメだけど」
そう付け足した。騎士は、それで店主がバカだと評したのだと理解した。
「では、あれは」
「使えない。風通しのいい場所に数年放置すれば使えるようになるかもしれないけど、質は良くないと思う」
「無駄、という事か」
「完全に無駄とは言わないけど、まあ、無駄じゃねーの。それでこの惨状、もう処刑でいいだろ。やっていいなら跡形もなく消すけど」
溜め息をこぼしながらさらっと物騒なことを言う店主に、ギルドマスターが気持ちはわかるがと止めている。止めないと本気でやりかねないと思っているのかもしれない。
「そろそろ憲兵隊が到着するだろう。厳しく取り調べをするように伝えておく」
と、フェルナンド。すると、店主がついでに、と付け足した。
「あいつらの雇い主も調べたほうがいい。キラー・ビーの巣ってこの辺りの人間にとっては貴重な収入源でもあるから、ちゃんと共存できる方法とってるし、万が一の場合の接し方も熟知してんだよ。村人で刺された人、いなかっただろ」
言われてみれば、確かに村人でキラー・ビーの被害にあったものはいなかったとフェルナンドは思い出した。この騒ぎだ、当然のことながら村人にもケガ人は多数出ているが、それはこの騒ぎで集まって来た他の魔物によるものだったり、避難する時に転んだりしてできたもの。ハチに刺されたり噛まれたりした者がいなかったのはたまたまかと思っていたが、どうやら他に要因があったらしい。
「危険な魔蟲ではないのか?」
「殺人蜂なんて言われてっけど、手を出さなきゃ何もしないよ。あいつらが好むのって作物食い荒らす昆虫とか魔蟲、ネズミなんかの小動物だから。農家やってる人たちからしたら、いてくれたら有難い存在」
「なるほど」
店主に説明に納得した様子で頷いた。
近衛所属とはいえ騎士となり、それなりに行動範囲も広いフェルナンドではあるが、市井の情報にはどうしても疎い。城下をうろつくぐらいでは、やはりわからないことだらけだなと思っていた。
「そうだ、報酬のことだが」
ふと、思い出したかのようにギルドマスターが口にしたのが。
「いらん」
と、店主は即答。
「何言ってんだ、んなわけいくか」
一番の功労者だろうがと言われ、なぜか顔を顰めている店主。
「依頼受けた覚えないけど?」
「は?」
今度はギルドマスターが怪訝そうな顔をした。
「は、じゃねーよ。急げって直接ここに連れてきたのあんただろ」
呆れた顔でつっこむと、そういやそうだったとギルドマスターが呟く。
基本的に討伐依頼は先に依頼を受けておく必要がある。それをしておかないと確認やらなんやらでとても面倒なことになるのだ。恐らくそれを考えたのだろう少々機嫌が下降気味らしく、言葉遣いが荒くなってきてる店主。面倒なことは嫌う性質なので、さっさと帰りたいのだ。
「いや、しかし……! あ、ほら、達成報告でそこはなんとでも」
ギルドマスターの言葉に、ますます顔を顰める店主。
事後に達成報告する場合は倒した獲物の数を報告しなければならないのだが、討伐証明として指定個所の提出があり、当然のことながら魔物によって部位は変わる。今回の件、北側に転がる魔物はほぼすべて、それ以外にも加勢に行っているので、討伐数はとんでもない事になっているのだ。おまけにどれを倒したかなんて覚えているわけがないのだから、面倒なことこの上もない。
「うっせーな。今月はもう依頼受けないっつっただろうが」
「受けろ! つーか、受けたことにしとけ!」
「メンドクサイ」
「報酬渡せねーだろが!」
「いらね」
「いらねじゃねーだろ!!」
一番の功労者を無償で働かせたとあってはギルドの信頼にかかわるので、ギルドマスターも必至だ。言われてる本人はそんなもんは知らんといった態度を崩すことはないが。
「金が要らないならなんか他にねーのか!」
「他? ああ、さっき村長さんに報酬もらった。あれでいいわ」
「は?」
そう言って再び怪訝そうな目を向けるギルドマスターに、近くに置いていた袋を指さす。
何時の間にこんなものを貰ったんだと、ギルドマスターが中を確認する。袋の中身は、大きな瓶にたっぷり入った蜂蜜。この村は養蜂でも有名だっだ。
「いつの間に……いや、これじゃ全然少ないだろ!」
「少なかねーよ。これだけあったらしばらく蜂蜜買わなくて済むじゃん。高いんだぞ、ここの蜂蜜」
「基準がおかしいぞ、お前は!!」
何やら半泣きでギルドマスターが叫んでいるが、言われてる本人はどこ吹く風。関係ないとばかりにガン無視してすまし顔でお茶を飲んでいる。
魔道具でかなりの稼ぎがあるので、基本的に冒険者をしている時の報酬にはあまり興味はない店主。そもそも冒険者を続けている理由が、自分で素材を取りに行くためにはその方が何かと都合がいいからであって、間違っても冒険者という職業に憧れを抱いていたとかではない。素材狩りのついでに受けられそうな依頼を受けていたら勝手にランクが上がったという認識であり、ランクも別に意識してあげようと思ったわけではない。たまに余った素材をギルドに売っていたら、それが高難易度の討伐依頼が掛かっていたものだったことが多々あって、必然的に上がっただけだと思っている。実際には、ギルドマスターがそうなるように受けさせる依頼を厳選したりしていた結果なのだが、本人はそんなことは知らない。
要するに、冒険者としてのランクも収入も元から眼中にないのだ。
「他人の基準なんぞ知らんわ」
そう言って頑として折れない店主に、ギルドマスターが必死の説得を開始。
権威ある王都のギルドマスターを務める男が年下の女性相手に涙目で説教している姿に、さっきから通りかかった冒険者が二度見してる。ものすごくシュールだ。
ある意味、延々と続きそうだったそのやりとりを終わらせたのは、唖然と見ていたフェルナンドだった。
我に返るなり唐突に噴出したものだから、二人がピタッと止まった。
「すまない。双方とも適当なところで折り合いをつけたほうがいいだろう。金銭的な褒賞を辞退するなら、現物支給でもしてもらったらどうだ?」
「現物支給?」
「例えば、その蜂蜜。期間を決め、その期間中は無償で提供してもらえばいい。もちろん、ギルドからの報酬としてな」
フェルナンドが提案すると、そろってなるほどという顔になった。
「じゃあ、それでいいや。期間は適当に決めて」
「いや、それでいいって……お前、蜂蜜だけじゃ延々と終わんねーぞ」
今回の報酬いくらになると思ってんだと突っ込まれて知らんと一言で済ませる辺り、本当に興味ないのだろう。
あーだこーだと提案され、取り敢えず蜂蜜とこの村のその時期の特産物を提供してもらう事で手を打った。期間は一年。ギルドマスターはそれじゃ短いとごねたが、あまりずるずるやってても周りがいい顔しないだろという店主の一言で諦めた。周囲の目は大事だ。
後日、村での騒動が、隣国で起こっているある商会のトップの交代劇が関係しているらしいと聞かされた店主、そう言えば向こうにいる知り合いが妙なことになっていると連絡が来ていたなと思い出し、嫌な予感が頭をよぎった。
知り合いの件も気になるし、ついでに色々と確認してくるかと隣国へ行くことを決めるのだが。
行った先でまたひと騒動起きることを、この時の店主が知るはずもなかった。
某長編に出て来る、規格外娘その①のお話。
続きは、そのうち短編で投下できたらなーと考えています。