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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔眼将 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 よし、今年の視力検査も0.7以上をキープ……と。

 いやあ、視力を落としていっちゃんに気になるのが、車の運転免許の更新よ。メガネつけないと運転できなくなるなんて、なんか自分の劣化ぶりを突き付けられてるみたいじゃん?

 できていたことができなくなる……なんて屈辱以外のなにもんでもない。だから多くの人が美しくあり続けたいと思うし、若く元気であり続けたいと思う。

 いずれ右肩下がりになるだろう人生に、少しでもあらがいたい。かなうならずっとてっぺんのままで終わりを迎えたい。


 その点、戦なんかはぴったりなんじゃないかと思うんだ。

 もちろん、命を失うことの是非は議論が絶えないけれど、散り際としてはふさわしい場。死んじゃったらおしまいだけど、みにくく老いさらばえて、衰えを嘆きながら迎える終わりと、自分の思うまま動けて、衰え知らずにそのまま逝く。どちらがいいと君は思う?

 そして、戦において先の視力、ひいては目に関することで僕の地元に残っている伝説があるんだ。聞いてみないかい?



 木船某という武士は、生涯35回の合戦に参加した歴戦の勇士だったという。

 彼は馬上において、大薙刀を振るう猛者ではあったが、その実は馬を降りても強かった。

 いや、八方を囲まれてなます切りにされる……などとはならない少数での勝負なら、むしろ馬上より強いのではないかと、もっぱらのウワサだった。


 その原因が、彼の要する眼力にあったという。

 彼と立ち会った者は、それこそ金縛りであると思ったらしい。彼の目がこちらを向き、わずか力を込めたのならば、たちまち全身がきりりと痛む。

 稽古ならまだいい。その間隙に拳なり木刀なりをつきつけられれば終了だ。けれども戦場であれば確実な終わりがそこに待つ。

 ただその眼力が一度に縫い留められるのは一人だけ。ゆえに木船某は馬に乗っていても徒歩であっても、大きく相手を薙ぎ払う戦術を好んだ。そうしてばらばらに近寄ってきた相手を、順番に血祭りへあげていったらしいのさ。

 奇襲戦術としても、このやり方は応用された。あえて大将の装束からはほど遠い足軽衣装に身を包み、その恐れを周囲へ叩きこむこともしたらしい。


 威嚇が主目的だ。ときにむごたらしい結果を出すこともあった。

 20回を超える戦の経験を積むころには、その手管はより洗練されて実行へ移されていたらしい。

 なにせ得物を必要とせず、視線のみで相手の命を奪うことができるようになったんだ。

 木船某がにらむと、動きが止まる。その数瞬後には、相手の顔の上半分がはじけ飛んでしまうのだという。

 言葉でいう分にはひとことだ。でも、それが多くの中身をともなって、戦場の宙を舞う。先ほどまで生きていたものの血、骨、その他が自らの顔にこびりつく。

 そうでなくともこの奇怪な一部始終を目にして、平静でいられる雑兵がどれだけいるだろうか。

 

 おおかたは叫び、逃げ出した。

 ほとんどが農閑期の仕事として駆り出されている素人だ。心には生きて帰るという前提があって、その命をおびやかす存在から遠ざかる手段といえば、立ち向かうより逃げの一手。

 その乱れが全体へ波及したならば士気と指揮を乱すに十分。木船某自身の機転もあって、戦場が思うがままかき乱されることもままあったのだとか。

 その眼に対する者、ことごとくを地獄へといざなわれる。まさに「魔眼」と呼ぶにふさわしい力で、恐ろしいことにこれは眼を合わさなかったとしても効いた。

 背後より視線を当てられ動けなくなり、次の瞬間にはあごからうえがなくなっている。たとえ助けてもらったのだとしても、対する相手がいきなりそのような目に遭うなら、いつまでも心に尾を引きかねない。



 その木船某の魔眼が破られたのは、36回目の戦のときだった。

 しかもそれは、武器をもって相まみえた一人の将の手によるものだったという。

 足軽たちの悲鳴と、宙へ散る人の一部を目にしたかの将は、自分の近くの雑兵たちを馬蹄でさんざんに蹴散らした後、馬上で野太刀を振るいながら、猛然と現場へ急行したんだ。

 すぐ近くまで寄った際、また新しい被害者が出たことで、どいつが木船某かもはっきりした。

 顔部を保護する、面をつけた足軽装束の男。頭蓋を失って弾ける顔をまっすぐ見据えた、ただ一人のそいつこそ、とね。



 将は野太刀を抜いたまま、木船某につきかかった。

 木船某も直前で気づき、大きく顔をのけぞらせたが、それはくし刺しをかわせたというだけ。一筋の閃きと化した突きが、木船の面を大きくえぐり取っていたんだ。

 仕損じたと悟るや、将はすぐ鐙から足を放し、馬が止まりきらないうちから飛び降りる。

 直後、自分の乗っていた鞍のあたりにかすかな光が走ったかと思うと、馬の背を含めた一点が爆散する。肉をおおいにちぎられた馬も、主人の安否を気遣ってとまるゆとりは持てなかった。

 大きな身体を揺らし、でたらめに戦場を荒らしながら、かなたへ逃げ去っていってしまったんだ。


 将は受け身も取らず、着地の衝撃を日ごろ鍛えた足腰ですべて受け止めた。その後、すかさず兵たちの雑踏へ紛れ込んでいたんだ。

 逃げ去った乗馬にも似た斜行、雑行。敵味方を問わず盾とし、ときに間合いを詰めるすき間として、いささかも同じ場所にとどまらない。

 そして運悪く、その盾の役目を引き受けてしまった者も出てくる。

 頭に限った話ではなく、首といい、胴といい、腕といい、目のあったところが次々に形を失っていく。


 ――やはり、にらんでから爆ぜるまでにわずかな間があるか。そして、その直前の光……。


 足を止めずにいながら、何度も目にしたことで将はじょじょに魔眼のからくりを紐解いていく。

 光る場所は被害者の一点ばかりじゃない。木船の天まで衝くような大茶筅。その頂からも光が漏れていたんだ。



 そして、いよいよ頃合いの間まで入ったとき。

 将は一気に飛び出す。八相に構えた太刀は、そのまま木船を切り下げんと迫るが、木船自身の反応も早い。

 目がこちらを向いた。身体がぴんと縛り上げられた。茶筅の先が瞬いた。

 だが、あげていた腕はまだ動く。引力の助けも借りて、将は掲げていた野太刀を力任せに顔の前まで降ろし、盾としたんだ。

 刀身が砕け散る。あらかじめ目を細め、破片の到来に備えていた将の視線の先で、はっきり気圧された木船の顔が目に映った。

 その瞬間を見逃さない。縛めも緩んで、ぐっと背をかがめながら迫った将は、木船がにらむより先に、そのまなこへ自分の二本の指を突き込んでいた。

 もんどりうつ木船が生け捕られるのに、さほど時間はかからなかったという。



 木船は魔眼のことについて、いっさいの詳細を放さないまま、獄中で舌を噛んで果てたらしい。

 ただ破損した野太刀を回収する際、将は奇妙な手触りを感じたそうだ。

 鶏を思わせる手触り、大きさ。しかしそれは完全に周囲の色へ溶け込んで、視認することもままならなかった。

 しかし、その場からずっと遠くの木で、いまだ乾かないしずくが輝くと。将の手から手触りが一度に消え去った。

 ほどなく、その木は幹から粉々になり、居合わせた多くの人を驚かせたのだとか。

 以降、しばらくの間、光り物を身近から遠ざけておくようにお触れが出たとか出ないとか。


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