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私の反対意見は通らず、ローズマリーとエインリッヒの婚約が決まった。
ヴァイオレット公爵家は事業を手広くしており、資金が豊かだ。そこに側妃は目を付けた。
そして王宮関係者に顔が利かず、社交界であまり発言力がないことが王にとっては良かったようだ。
下手に権力の強い者が婚約者に選ばれると王位争いは苛烈を極めることになる。だからローズマリーとエインリッヒの婚約を王は許可した。
「最悪」
これでヴァイオレット公爵家は否応なく王位争いに巻き込まれる。
エインリッヒ王子本人が王位を望んでいるかは分からない。ただ、王位争いというのはいつも本人の意志に関係なく周囲の意見により発生するものだ。
「荷物をまとめてさっさと出よう」
今の暮らしに固執しているわけではない。
保身の為なら容易く捨てられる。それに何も知らない公爵家のお嬢様というわけでもない。貴族の令嬢でなくとも生きていける術はある。
私はさっさと荷物をまとめて、使用人に気づかれると厄介だから窓から脱出した。
私の部屋は二階だけど元暗殺者。飛び降りることは容易だし、ベランダから近くの木に移り、そこから邸の外に出ることも訳ない。
「やぁ、面白い登場の仕方だね」
「‥…」
私は呪われているんだろうか。
木を伝って塀を越え、道路に着地。
そこまでは良かった。
運悪く馬車が私の横を通り過ぎ、停車した。中から出てきたのはエヴァン殿下だ。
「どこかに行くつもりだったのかな?良かったら送るよ」
「ありがとうございます。ですが、殿下も用事で出かけているのですよね。でしたら、そちらを優先してください。私のことはどうぞお気になさらず」
「用事なら今すんだよ」
今?
馬車の行き先は王城がある方角とは正反対だ。用事が終わって王城に帰っているわけではない。
「君に会いに来たんだ」
エヴァン殿下は笑顔で馬車に乗るよう促す。
面倒なことに関わりたくないので辞退したいけどこんな所で問答して、邸の人間に見つかるのも面倒だ。
どうしよう。
さっさと逃げ出したいけど、目の前の人間をどうにかしないと逃げられない。私は徒歩、向こうは馬車。どう考えても分が悪いのは私だ。
さすがに王子を殺したら問題だよね。
仕方がなく私は馬車に乗ることにした。
「それで、私に何の用ですか?私も忙しいのですけど」
「家出に?」
「‥‥‥」
「伴もつけずにカバン一つ持って、しかも正規のルートを通らずに邸の外に出る‥…まさか塀を越えられる令嬢がいるとは思わなかったけど。立派な家出だよね。どうして家出なんかしようとしたの?」
「個人的なことです。報告の義務はないと思います」
「そうだね。ただの好奇心だよ」
「興味関心を抱いていただくようなことではございません。他愛ないことです」
「そうかな?俺はてっきり君の義妹と俺の愚弟の婚約が決まったことが原因だと思っているんだけど。どうかな?」
質問の形をとっているけど、彼は確信している。
口元に笑みを刻んではいるけど目は獲物を捕らえる獣のような鋭さがある。
答えを間違えればすぐに首元に噛みつき息の根を止めるぞと圧をかけてきているのが分かる。多分、冷静さを失わせて本心を聞き出そうという腹積もりなのだろう。
この程度の圧で冷静さを失う程ひよっこではないけど。
見た目は幼い子供でも中身は百戦錬磨の暗殺者だ。
「ご冗談を。とても喜ばしいことだと思っていますよ。それよりもさっさと本題に入りませんか?殿下だって暇ではないでしょう」
「そうだね」