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「スカラネット様。きっとこの庶民は自分の立場を弁えているだけですよ。ほら、見るからに場違いだと分かりますもの」
あの赤いドレスの派手なけばけばの女の子はスカラネットというのか。
家庭教師に教えてもらった貴族の勢力図を頭の中で思い出す。
スカラネットは確かジョルダン伯爵の娘だ。
地位で言うのなら私の方が上。でも、彼女は私のことを庶民だと思っているから自分の方が立場は上だと考えているようだ。
何ともお粗末な考えだ。たとえ元平民であっても今はヴァイオレット公爵家の娘。つまり、公爵家の後ろ盾がある。伯爵家の娘に侮辱されていいはずもない。
まぁ、私にはどうでもいいことだけど。
それにしても頭の上でピーチクパーチクうるさいな。
ここでやったら騒ぎになるし。後でこっそり殺そうかな。きっと彼女は今後も私に関わって来るだろうし。そうなるとやっぱり殺した方がいいのかな。
彼女一人を殺すのが良いのか。それとも彼女の取り巻きも含めて殺した方が良いのか。
私は人数を確認するためにスカラネットの周りにいる令嬢を見る。人数は四人。この程度なら殺しても問題はないだろう。
「聞いてますの」
「ええ、聞いてますわ。それよりも、少し移動しませんか。ここでは何かと目立ちますし」
私は周囲に視線を彼女たちにも分かるようにずらす。すると、スカラネットたちは私の視線を追った。まだあまり気づかれてはいないようだけど、何人かは気づいている。
そして不幸中の幸いだ。私の存在はスカラネットと彼女が連れて来た取り巻きによって隠されているので周りからは見えない。
スカラネットは自分が一番ではないと気が済まない。だからいつもブスの分類に入る人間を侍らせている。
「あら。庶民の癖に気が利くじゃない。いいわよ。ついてきなさい」
王妃様主催のお茶会で自らもめ事を起こそうなんて。肝の据わったお嬢さんだ。
さて、どうしてくれよう。
「ちょっと良いかな」
耳あたりのいい声が移動しようとしたスカラネットたちを呼び止めた。
「何よ」と怒鳴りそうな勢いでスカラネットたちは声の主を見る。そして頬を紅色に染めて黄色い歓声を上げた。
スカラネットなんか、腰をくねらせて猫なで声を出す。
気持ちが悪い。
声をかけてきたのはアストラ王国王子エヴァンだった。
「どうなさったんですか、殿下」
さわやか好青年のような容貌。人好きのする微笑みを浮かべた、人当たりの良い王子。
だけどその目は笑っていなかった。
温度を伴わない瞳が彼女たちに向けられているのに彼女たちは全く気づいていない。
前世でも貴族令嬢と関わることがあった。主に暗殺対象だったり、依頼者だったりなどで。その時から思っていたが彼女たちは自分に向けられる感情に対してかなり鈍感だ。
この程度にすら気づけずに好意を向け続けるなんて滑稽ね。
「先ほどから何を集まってしているのかなって思って」
「実は、そこの庶民に貴族社会のマナーを教えて差し上げていたんです」
私優しいでしょうアピールのつもりのようだけど、それって虐めていたと言っているようなものだからね。個人vs個人ならともかく。一人を大勢で囲んでダメだししてるんだから。
「庶民?」
王子は私を見る為に体を少しずらした。王子の目が真っすぐに私を見る。
「何か勘違いしていないか?彼女は庶民ではないよ」
「えっ?」
王子の言葉にスカラネットたちは固まる。
まぁ、本物の元庶民の私の義妹の方が貴族令嬢らしい派手なドレスを着ていて私は地味なドレスだから間違えるのは仕方がないけどね。
「セレナ・ヴァイオレット公爵令嬢だよね。大丈夫?」
「はい。みなさんが親切にしてくださったので」
「そう。それは良かった」
全然良くない。
あんたが出しゃばってきたせいで彼女たちを殺し損ねた。
「あら、お義姉様。どうしたの?」
王子の後ろからひょっこりとローズマリーが出てきた。王子との会話中に割って入るなんて確かに礼儀がなっていないわね。アマリリスは何を教えているのかしら。