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早朝、いつものように王が仕事をしようと執務室に入ると机の上には見なれない書類の束が置かれていた。
徐に読んでみるとそこには側妃ヘラやその取り巻きたち、彼女の実家の横領の証拠やヘラが先日起こった狩猟祭の魔物の襲撃に関わった証拠などが書かれていた。
怒り狂った王は騎士団長を呼び寄せ、叩きつけるように目の前に放った。
「今すぐ反逆者共を捕えろっ!特に側妃に関しては抵抗するなら力づくで構わんっ!裁判の為に生きてさえいればいいのだからな」
「畏まりました」
騎士団長は部下と共に側妃の寝室へ行った。
だが、時既に遅し。
ベッドの上で側妃は事切れていた。
まるで化け物にでも会ったかのような恐怖に顔を歪ませて。
「舐めすぎなのよ」
私は王のはからいで王宮に泊まっていた。
意識が戻らないエヴァンの傍で慌ただしく人が行き交う音を聞いていた。
側妃の死体を王宮の人間が発見したのだろう。
彼女は関係者を殺せば問題ないと考えていたようだが魔物寄せの笛は裏社会の人間から購入している。
捨て駒同然に扱われることの多い彼らは用心深く、裏切られても道連れにできるように或いは裏切られないよう脅す為の道具としてしっかりと証拠を押さえておくものだ。
そんなことも知らずに関わるからこういう目に遭う。
「邪魔者は排除した。なのに、なぜ目覚めない」
『あなたには分からない。あの方の為なら命など惜しくはない。王太子だからじゃない。主だからじゃない。私が騎士だからじゃない。あの方があの方である限り、私は私の全てをかけてあの方に尽くすのだ』
そう言って私が最後に殺した騎士は笑って死んだ。私もその後すぐに死んだけど。
人間というのは不思議だ。
自分が一番かわいいくせに、何よりも自分を優先するくせに、自分を守る為なら平気で他人を蹴落とし、場合によっては命すら脅かす。なのに、あの騎士やエヴァンのように他人の為に己の命すら省みずに危険に飛び込む。理解できない。
放っておけばいいじゃないか。他人なんて。自分だけ大事にしておけばいいじゃないか。
「セレナ嬢、食事を摂っていないそうだな」
近くで声がしたので視線を向けると国王がいた。ここまで人に接近されて気づかないなんて私もついにイカレタのかな。
「息子のことを大切に想ってくれるのは有難いが、これでは君が倒れてしまうよ」
「大切じゃない‥‥…大切なんかじゃない」
「そうかい?」
「ええ」
ただの取引相手。
ローズマリーがエインリッヒと婚約してしまったから保険として繋がりを持っていたにすぎない。ただそれだけの関係だ。
「なのに、どうして私を守った」
「それは息子にとって君がとても大切な人だったからだろう」
「馬鹿じゃないのか」
「そうだな。大馬鹿者だ」
「人の寝ているところで『馬鹿、馬鹿』言わないでくれます?」
「っ。エヴァンっ」
目が覚めてエヴァンは起き上がろうとしたけどまだ目が覚めたばかりだからか失敗したようだ。国王が控えていた侍女に医師を呼ぶように指示し、エヴァンが起き上がれるように背中を支えた。
「どうやらだいぶ寝坊したようだ。君にそんな顔をさせてしまうとは」
ぽたりと目から何か水のようなものが流れた。
これは知っている。涙という奴だ。
私が殺してきた人間が今まで流していたものだ。まさか自分が流すことになるとは思いもしなかった。
湧き上がる感情は馴染みがなく落ち着かないが不快ではない。
◇◇◇
医者の診察はまだ定期的にあり、激しい運動も禁止されているがエヴァンの回復は順調で怪我の後遺症も残らないとのことだった。
ヘラは全ての罪が明らかにされた、彼女の死体は王家の墓に入ることなく後世に罪人として記されることになった。彼女の実家は取り潰しが決まり、彼女の父親はヘラのおこぼれ所謂、横領の金を受け取っていたことが明らかになり処刑が決まった。母親の方は散財が激しく領民を苦しめていた一人でもあるが目立った罪はなく特にお咎めなしだ。
ただ、家は取り潰され実家に戻されたものの今までのように暮らすことはできないだろう。
それからスカラネットや彼女の両親から今までの謝罪と狩猟祭で守ってくれた礼を言われた。別に守ったつもりはない。目の前の障害を排除しようとしただけだ。だが、エヴァンが受けとけというので受け取ることにした。なぜかスカラネットは嬉しそうだった。
「側妃を殺した人間は結局分からずじまいだそうだ」
「そうですか」
私は今、エヴァンと一緒に王宮の中庭に居る。
激しい運動ができないエヴァンは体が鈍るのが嫌だからと最近では中庭の散歩を日課に取り入れていた。一人では味気ないからとなぜか私が付き合わされている。
「王族の醜聞だからな。王族としてもこれ以上の捜査は行わない予定だ。捜査も表向きで誰も本気で捜査をしてはいなかったから見つからないのも当然だけど」
「そうですか」
「そんなに許せなかったのか?」
「‥‥‥」
エヴァンが足を止めたので私の足も自然と止まった。彼の目が真っすぐと私を見る。
分厚く、硬い。剣を握る者の手が私の頬に触れる。彼の顔が近づいて来た。そっと彼の唇が私の唇に触れる。
「避けないんだな」
「許せなかった。どうしてか堪らず腹が立った」
「そうか」
「エヴァン、もう二度とあんなのは嫌よ」
「ああ、分かっている。だがお前が傷つくのを黙って見るつもりもない。だからお前もあんな無茶はするな。いいな」
「分かった」
「あんま信用できないな。近くで見張っていないとお前は何をやらかすか分からない」
「なら近くで見張っていればいい」
「ああ、そのつもりだ。一生、お前を見張ってやる」
そう言ってエヴァンはもう一度私にキスをした。今度はさっきよりも深く甘いキスだった。
 





