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改めまして。初めまして。私の名前はセレナ・ヴァイオレット。現在は六歳になります。
アストラ王国にある公爵家に生まれました。
そこは私の元居た世界と酷似しているけど全く違った世界のようだ。
因みに黒い髪に黒い瞳の女性は私の母親と呼ばれる人で名前はアマリリス。
初めて言葉を話せるようになった時に「アマリリス」と呼んだら「お母様と呼びなさい」と言われた。
最初は戸惑ったけれど元暗殺者という職業の為、順応性は高い方だ。
暗殺者というのは忍び込んで殺して終わりとは限らない。中には人に成りすまして暫く対象の近くにいることもあるのでなりすますのは簡単だ。
だから私はセレナ・ヴァイオレットという普通の人間になりすますことにした。
けれど、思いのほかそれは難しいことにすぐに気づくことになった。
六歳という活発な年ごろに成長するとそれが顕著になった。
「きゃあ」
庭先で悲鳴が上がる。上げたのは私につけられた侍女だ。
なぜ悲鳴が上がったかというと私が襲ってきた犬をケーキ用のナイフで刺したから。
その犬はどこからか迷い込んできたようだ。私と同い年ぐらいの小さな女の子と一緒に。
私のドレスや顔には犬の血がついている。でも気にしない。だってこんなの日常茶飯事だった。
「セレナちゃん、どうしてこんな酷いことをしたの?」
庭で一緒にお茶をしていたアマリリスが私に駆け寄り、私の両肩を掴む。
「酷い?」
私は彼女が言ったことの意味が分からなかった。
だって私はただ自分の身を守っただけだ。
私を襲ってきた犬が悪い。その犬が血を流し、舌を出しながら倒れているのはその犬が私よりも弱かったからだ。
私よりも強かったら、私の攻撃を避けられるだけの俊敏さを持っていたら怪我をすることはなかったのだから。
私は今までそうやって生きて来た。
でも。
アマリリスを見ながら周囲の気配を窺う。
侍女が信じられない者を見るような目で私を見ている。顔は青ざめ、体は震えている。
私が今まで殺してきた人間と同じ反応だ。
特に気にする必要もないような気がするけど。
「セレナちゃん」
私はアマリリスに注意を戻す。
「生き物を傷つけるのはいけないことよ。どんな理由があっても」
「それで自分が怪我をすることになっても?」
「避けるだけで良かったのよ」
でもそれではキリがない。動ける以上、この犬は私を襲い続ける。なら、先手必勝じゃないのか。けれど、それは悪いとアマリリスは言う。
私が住んでいた環境と違い過ぎる。環境が違うと考え方まで違うのか。
ここは頷いておく方が良い。でないと、この先ここでの暮らしがしづらくなる。
「ごめんなさい。犬が怖くて、咄嗟に」
私が涙ぐみながらそう言えばアマリリスは私を抱きしめた。思わず体が強張ってしまった。セレナになってから何度も抱きしめられたけど、この行為は慣れない。
元々人に触れられるのがあまり好きじゃないから仕方がない。
「そうよね。こんなに大きな犬だものね。怖くて当然よね。でも、もう二度としてはダメよ」
「・・・・分かったわ」
この人は自分の命が危なくなっても同じことを言うんだろうか。
そう言えば私と相打ちになった騎士が言っていたな。
『この方を守る為ならあなたと相打ちになっても構わない』
きっと同じ人種なのだろう。
私には理解できない。