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あの後、どうなったかあまり記憶にない。
気が付けば私は血まみれになってその場に立ち尽くしていたし、エヴァンが呼んだ騎士の増援で魔物は次々に倒されていった。
騎士の一人が近づいて来たのが気配で分かった。何か言っているようだけど彼の言葉は何一つ頭に入って来なかった。
あの女、殺しておけばよかった。
貴族令嬢としてとかくだらないモラルに囚われたが為にこんな事態を招いたんだ。
バレなきゃ罪は罪にならない。
やはり、今後はバレないように始末するようにしておこう。
そうすればこんな無様な失態を犯すこともなくなる。
◇◇◇
side.ヘラ
下級貴族の借金を肩代わりした。その借金も私が裏から手を回して作らせた借金だけど。借金をチャラにする代わりにその下級貴族の娘に笛を渡した。これを狩猟祭で吹くように指示をした。それは魔物寄せの笛だ。もちろん下級貴族の娘にはそれがどんな笛なのかは教えていない。
娘は私の指示通り、笛を吹いた。そして押し寄せて来た魔物に食い殺された。狩猟祭が始まると同時に娘の家族も既に始末させているのでこれで私に繋がる証拠はない。
不安要素は魔物寄せの笛を購入したことだ。でもこれは間に何人もの人を介入させて私だと分からなくしているし、万が一分かったとしても裏社会の人間の証言と側妃である私の言葉ならどちらが信頼に足るかは明白。何も心配することはない。
そう思っていたのに、どうしてこの女は今私の目の前にいる?
「大人しくしておけば良かったんだ。そうすれば側妃として順風満帆な生涯を送ることができた。上等なドレス。美しい宝石。それらに囲まれて、お前の好きな欲にまみれた汚らしい生活を今後も送れただろう」
「っ」
セレナ・ヴァイオレット。
夜半に私の部屋に侵入し、今も私を殺そうと私の首を掴んでいる。辛うじて息ができる状態ではあるがいつ殺されてもおかしくはない状況に恐怖で悲鳴をあげることさえできない。
「お前のせいでエヴァンが怪我をした。命は取り留めたが魔物の牙には毒が含まれていて、彼の意識は今も戻ってはいない」
「‥‥…」
「気にすることはない。弱ければ死に、強ければ生き残る。この世は所詮、弱肉強食だ。なのに、どうしてだろうな。どうしてか私は今、とてもイラついているんだ」
正気じゃない。
この女の目には狂気が宿っていた。
以前、彼女に送った暗殺者が死体となって私の部屋に放り込まれたことがあった。ヴァイオレット公爵家が雇っていた護衛か暗部のような連中でも雇ってやったのだろうとその時はそう結論付けた。でも今なら分かる。あの暗殺者は彼女が殺したのだと。
「‥‥…気に入っている?そう、多分私は彼のことをとても気に入っているんだ。だからかな?お前のような羽虫に手を出されるのがとても我慢ならない」
私は手を出してはならないものに手を出してしまったんだ。
セレナ・ヴァイオレットが微笑む。
妖艶に、残虐に。
「虫風情が、身の程を弁えろよ」
首を掴んでいるセレナ・ヴァイオレットの手の力が強まり、ゴキリッと何かが折れる音がした。





