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何してるんだろ。
私の後ろには腰が抜けたのか地面に座り込んだままのスカラネットがいる。
彼女の取り巻きたちは全員逃げ出した。
凄いな。
あれだけスカラネットの威光を浴びていたのに誰一人動けなくなった彼女の手を引いて逃げようとはしなかったんだから。
所詮、人間なんてそんなものだろう。
誰でも自分が可愛いものだ。
「グギャアっ!」
咆哮を響かせながら鋭い爪を持つ熊のような魔物が私達目がけて右手?右前足?を振り下ろす。
私は隠し持っていた暗器でそれを切り落とした。
ぼとりと宙を舞ったそれは地面に落下する。
私は何をしているのだろう?
私だって人間だ。
自分が一番可愛い。
ならなぜ、この女を背に戦う?
邪魔だろ。どう見たって。
「あ、あなた、あなたは逃げないの?」
ガタガタ震え、涙と鼻水で顔を汚しながらスカラネットが聞いてきた。
「この状況で背を向けるのは自殺行為よ」
熊のような魔物が残った腕で攻撃をしてくる。長く鋭い爪の攻撃を暗器で受け流す。
「チッ」
衝撃が強すぎて暗器は折れてしまった。これでは使えない。
「い、いや、死にたくない。誰か助けて」
再度攻撃されたことでスカラネットはパニックを起こしかけていた。面倒ね。
「ならせめて立つぐらいしたら?座りこんだままじゃあ、避けられる攻撃も避けられないわよ」
「っ」
スカラネットはガタガタ震える足で何とか立とうとし、地面に倒れこむ。それでも自力で立ち上がった。けれど走って逃げるのは無理そうだ。
本当に面倒ね。
エヴァンは大丈夫かしら?
こっちと同じように魔物に攻撃されていたら無事じゃすまない。
‥‥…だから何よ?何で私が他人のことを心配しないといけないのよ。別にエヴァンがどうなろうが私には関係ないでしょう。
スカラネットにしてもそうよ。面倒?ならさっさと捨てればいいだけじゃない。何で私が他人なんかを庇って戦わないといけないわけ?そんな義理ないし。
所詮は弱肉強食でしょう。
ここで彼女が死んでも、死んだ人間が悪いんじゃない。
「あ゛あっ!もうっ!イラつくわね」
私はゴミになってしまった暗器を捨てる。
私の目の前にいる魔物は狙いを完全に私たちに定めている。これを倒さない限りは逃げることすらできなさそうだ。
そうだ。別に庇っているわけではない。
私はいつだって自分が可愛いんだから、私は自分の為にあの魔物を倒す。その過程でスカラネットが助かる。ただそれだけだ。
私は髪飾りを頭から取る。ぱらりとまとめていた髪が流れるように下に落ちる。私が頭に着けている髪飾りは先が尖っており、こういう時は便利な武器になるのだ。
人間相手なら殺傷能力は高いけど魔物相手ではせいぜい目つぶし程度にしかならない。それでも良い。別に隠し持っている暗器はあれ一つではないし。
私は魔物が攻撃してくるタイミングで魔物の懐に入る。上に高く跳躍して魔物の目を目掛けて髪飾りを振り下ろす。
「グギャアッ」
片目だけだけど魔物の目を潰すのに成功した。
熊のような魔物は痛みを振り切るかのように左手を振り回す。
ただ振り回すだけの攻撃など避けるのは容易い。
私は足元に落ちている剣を拾った。近くには魔物にやられた騎士の死体もあったが特に気にはしなかった。
そんなものは周囲に幾つも転がっている。
私は剣を振り上げ、自分に攻撃の手が来るタイミングで振り下ろした。
さすがは騎士の剣。切れ味は抜群でスパンっと魔物の腕を切り落とした。
両腕を失くした魔物はバランスが取れずに後ろへ倒れる。私は地面に転がった魔物の首を刎ねた。
目の前の敵は倒した。次はできるだけここから離れなくては。
こんな数を相手にしていたらキリがない。
「うわっ!」
「セレナっ」
男の悲鳴と森にいるはずのエヴァンの叫びが殆どタイムラグなしで聞こえた。
悲鳴を上げた男は地面に倒された。倒したのは四足歩行の魔物だった。魔物はこちらの存在に気づくと凄まじい速さで迫って来る。
漠然とここで自分は死ぬのだと思った。
そんな私と魔物の間にエヴァンが割り込んできた。魔物の鋭い牙がエヴァンの肩口に突き刺さる。
「‥‥‥どうして」
どうしてお前がここにいる。
どうして私を庇う。
『この方を守る為ならあなたと相打ちになっても構わない』
自分を殺した騎士の言葉が脳裏を横切った。
どうしてこんな時にこんなことを思い出すのだろう。
あの時、私は結局王太子を殺し損ねた。そのまま死んだから分からないけど、残された王太子はどうなったのだろうか。
自分の代わりに死んだ騎士を想い、泣いたのだろうか?
それとも数多ある盾の一つとして葬ったのだろうか?
彼は王になったのだろうか?
それとも私以外の暗殺者に結局は殺されてしまったのだろうか?
あの騎士が命をかけただけの価値があの男にあったのだろうか?
あの騎士の死は無駄にはならなかったのだろうか?
私は死んでしまったから何も分からないままだ。そうか、死ぬと何も分からないままなのか。
でもエヴァン、今一つだけ分かることがある。
お前がそこまでする価値は私にはないよ。





