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顔を引き攣らせながら何とか笑顔を保っているスカラネットとその取り巻きたちに手を引かれながら私は用意された席に着く。
「セレナ嬢、私とても心配してましたのよ」
絶対に心配などしていないだろう。寧ろいいざまだと嘲笑っていただろうスカラネットが顔だけは本気で心配している友人のようにしている。
「ここ最近、セレナ嬢の周囲は何かと騒がしかったですからね」
「やはり平民の女など家門に入れるべきではなかったのです。あの身の程知らずはまるでご自分が本当に貴族の令嬢にでもなったかのように振る舞っていらしたんですもの」
「幾らヴァイオレット公爵家の姓を名乗れたとしても所詮は卑しい平民の出身。その下品さは隠しようがありませんでしたが。くすっ」
「ヴァイオレット公爵家にも良い教訓ができましたわね」
スカラネットがにやりと口元に笑みを浮かべて私を見る。
つられて他の令嬢も嘲笑を向けてきた。
「聞けばあの平民は孤児だとか。幾ら哀れだからといって卑しい血で家門を汚してはならない。あれらは施しに対して当然だとばかりに受け止め、その上で更に寄越せと要求してくる。限界というものを知らないどこまでも強欲な生き物ですわ」
「スカラネット様の言う通りですわ。彼らは我々の施しを貴族だから当然だと受け止め、感謝すらしないのですから」
「‥‥‥貴族の義務というものですか」
「ええ」
私の問いですらない確認の言葉に誰ともなく頷いた。
貴族の義務‥‥‥前世でもそう言って施しをしようとする愚かな貴族はいた。
私に「可哀そうに」と言ってパンを差し出した貴族の男。もう顔すら覚えてはいないけど。彼はその日の晩に死体となって発見された。
「可哀そう」‥‥‥どうしてかその言葉がとても気に食わなかった。今ならはっきりと分かる。
何も知らないくせに、自分たちは私よりも持っているからと勝手に哀れんで勝手に善意を押し付けて、それで恩を感じろなんて厚かましいにも程がある。
私は哀れに思われるのが嫌だったんだ。
ボロ雑巾のような服を着ていようと、ガリガリにやせ細っていようと、それがどうしたというのだ?
なぜそれだけで不幸だと決めつける。
手触りの良い服に身を包み、美しい宝石で自身を飾り、毎日おいしい物を食べているから自分たちは幸せだと、私よりも恵まれているのだと物言わずして語る。その傲慢な鼻っ柱を折って、ドブに捨ててやりたいとよく思ったものだ。
「感謝など、しなくて当然ですわ」
「セレナ嬢?」
「誰も助けてくれと頼んだわけではないのですから」
「ひっ」
ああ、セーブしなくては。殺気が漏れてしまっている。みんなが青ざめて私に怯えている。これではダメだ。感情を抑えよう。大丈夫、十六年の間で普通の令嬢に成りすますことは覚えたはずだ。
殺気を隠して。
さぁ、笑って。
何も知らない純粋無垢な令嬢のように。
「感謝をして欲しくて助けたわけではありませんわ。助けたかったから、助けた。ただ、それだけのことですわ」
ああ、反吐が出る。
「そ、そうなんですのね。と、とても素晴らしいことですわ」
「え、ええ。それでこそヴァイオレット公爵家ですわね」
私を貶す為に連れて来たはずなのに、私が出してしまった殺気に怯えて彼女たちは自分たちの目的も忘れて私を称賛し始めた。まるでそうでなければ殺されるとでも言いたげに。
そんなことするわけがないのに。
だって普通の令嬢は人殺しはしない。殺してほしい人がいる時は他人に頼むのでしょう。
「そ、そう言えばセレナ嬢」
雲行きが怪しくなってきたからかスカラネットが話題を変えて来た。
「先ほどは随分、エヴァン殿下と親し気のように見えましたがどういったご関係で?」
「友人です」
「ただの友人には見えませんでしたが」
初めて会った時も牽制のようなことをされたけどエヴァン殿下を狙っているのかな?彼は王太子だから当然ね。彼と恋仲になれば次期王妃も夢ではないもの。それに私と噂があるせいなのか、エヴァンには婚約者がまだいない。
誰もが彼の目に止まろうと躍起になっているものね。
だけどスカラネットは伯爵家。王妃になるには家門の力が弱すぎる。
「ローズマリー嬢のこともあります。同じ轍を踏みたくなければ慎重な行動を心がけた方がよろしいのではなくって?」
「スカラネット嬢は面白いことを言いますね。そのような言い方では周囲に誤解を与えてしまいますわ。まるで私もローズマリーと同じ卑しい血の者だと。スカラネット・ジョルダン、あなたは私を舐めているんですか?」
「っ、そのような、つもりは」
「きゃあぁぁぁぁっ」
耳をつんざくような女の悲鳴と風に乗って嗅ぎなれた鉄錆の匂いがした。それも大量に。
「な、なんですのっ」
さっきまで優雅にお茶を飲んでいた令嬢たちは困惑したように立ち上がり、悲鳴がした方に視線を向ける。従者やメイドたちも仕事を止める。悲鳴が聞こえたのは森の中からだ。
森の浅い付近、湖までなら狩猟の範囲から外れているからお茶会に飽きた令嬢たちが散策しても良いことになっている。
恐らくその悲鳴は湖まで行っていた令嬢たちのものだろう。
多くの視線が集まる中、何度も転び土で汚れた数人の令嬢とその令嬢を追いかけるように禍々しい生き物が森から姿を現した。
その瞬間、会場は混乱に満ちた。
令嬢たちは悲鳴を上げて逃げまどい、中には転倒するものもいた。





