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王太子を殺し損ねた。
騎士の言った通り相打ちになった。
そこまでは良い。
ただ、今の現状が理解できない。
「おはよう、セレナちゃん。今日も可愛いわね」
黒い髪に黒い瞳をした女性だ。
彼女が私を抱き上げる。どうして、抱き上げられるのかと不思議に思っていると。伸ばした手が自分の記憶よりも小さかった。
体も思うように動かない。いったい、どうしたんだろう。自分の身に何が起こったのか分からない。
「セレナは今日も元気ね」
そう言って女性は私に頬ずりをしてくる。
正直、気持ちが悪い。あまり人に触れられるのは好きじゃない。
「うあ、うあわわうぅ」
上手くしゃべれない。どういうことだ。誰か説明して欲しい。
私は死んだんじゃないのか。どうして生きている。
「あらあら、セレナちゃん。どうしたの?」
さっきから『セレナ』、『セレナ』とうるさい。
私はセレナではない。
名前はない。私にお金と仕事をくれていた男は私のことを番号で呼んでいた。
『お前は道具だ。道具に名前は必要ない』
男はそう言っていた。
「ああ、セレナちゃんは自分の姿を鏡で見るのは初めてだったわね。驚いちゃったのかな」
は?
そこで私は初めて目の前に鏡があることを知った。
鏡には女性と同じ黒髪、黒目の赤ん坊が映っていた。
なのに、鏡には“私”が映っていない。
嫌な予感がして私は半信半疑で自分の手を動かしてみた。すると、鏡の中の赤ん坊も私と同じように手を動かす。
・・・・・・。
次に頬を抓ってみる。鏡の中の赤ん坊はやはり、私の真似をして頬を抓る。
ついでに痛い。
鏡には赤ん坊と赤ん坊を抱いている女性がいる。
似たような姿をしているから母娘だということは分かる。
そして、死んだはずの私。
幽霊になった自覚はない。もとよりなる理由がない。
そこまで考えて一つの結論に達した。
「※■〇×◇?※■〇×◇!※■〇×◇!?※■〇×◇」
「どうしたの、セレナちゃん。よしよしよし」
泣いているわけではない。
ただ混乱して叫んでしまっただけだ。
ここまで感情を乱したのは私の知る限り生まれて初めてのことだった。
実際、生まれて初めてだろう。
私は一度死んで生まれ変わったのだから。
転生というものは言葉だけなら知っていた。よもや、それを実体験することになるとは。