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「せいぜいエインリッヒに捨てられないように頑張ることだ。じゃあ私たちはこれで失礼するよ。行こうか、セレナ」
「ええ」
飽きてきたのか、ここ最近エインリッヒがローズマリーの元を訪れる回数が減っている。
ローズマリーもそのことに気づいているのだろう。彼女の目には焦りがあった。
彼女はなぜ焦っているのだろう?
捨てられるかもしれないから?
捨てられた場合、平民に戻るかもしれない。今の暮らしを取り上げられるかもしれない?そう思っているからだろうか?
それとも彼女なりに本気でエインリッヒを愛していたのだろうか?
愛とは何だろう?
「セレナ、どうかしたのか?」
「いいえ」
愛している人に裏切られたから、愛している人を取り戻したいからという理由で暗殺を依頼して来た人は前世で何人かいた。
なぜそこまで形のないものに人は固執するのか分からなかった。
愛がないからって生きていけないわけではない。失ったからって死ぬわけでもないのに。
「‥‥…くだらない」
◇◇◇
「聞きましたわよ、セレナ嬢」
教室に入り、自分の席に向かう為エヴァンと別れてすぐドドンっと効果音が聞こえてきそうな堂々とした姿でスカラネット・ジョルダンが私の前にやって来た。相変わらず服装も顔も派手な人だ。
「また、お宅の妹君がやらかしたんですってね。複数の男を侍らせて登校する姿はまるで娼婦のようだったと校内ではその話で持ちきりですわよ。それにエヴァン殿下にも無礼を働いたとか。幾らエインリッヒ殿下の婚約者でも無礼が過ぎるのでは?公爵家とは言え社交界ではそれほど高い地位にはいらっしゃらないし、夫人も積極的に社交をするお人ではないので人脈もそれほど豊かではないでしょう。人脈でいうのなら恐らく我が伯爵家にも劣るかと。そんな微妙な立場なのだから行動には分別をつけさせるべきではございませんの?公爵家だからと胡坐をかいてますと簡単に足をすくわれることになりますわよ」
凄いな。よく息つぎもなしにここまでつっかえずに言えるものだ。
令嬢というのは体力があり得ないぐらいない。歩いて一〇分ほどの距離でも馬車を使うほどの軟弱さなのに。彼女は令嬢にしては肺活量がある。
「ちょっと、何か言ったらどうなの?」
「そうよ、スカラネット様がせっかくご忠告申し上げているのに」
「少しは傲慢な態度を控えて聞く耳を持つべきだわ」
スカラネットの取り巻きが何も言わない私に腹を立てて応戦する。彼女たちはスカラネットの威を借りる狐だ。彼女に便乗してローズマリーに対する鬱憤を私にぶつけたいのだろう。
「私が黙っていたのは無視をしたわけではありませんわ。正論だったからこそ特に反論する必要もなかったからです」
「えっ」
肯定されるとは思わなかったのだろう、スカラネットはとても驚いていた。逆に彼女の取り巻きは水を得た魚のように生き生きと罵って来た。
下品な令嬢たちだ。前世でも暗殺者として多くの貴族を見てきたが他人を蹴落とすことに生きがいを感じる奴らばかりだった。そのくせこちらを汚らわしいと嫌悪する。その嫌悪するものをよく使っているくせに自分たちこそは至高の存在だと心から思っているのだ。
貴族というのは本当に訳の分からない存在だ。
貴族令嬢として十六年生きてみたけど未だに理解できない。この先も理解できる自信はない。
「エインリッヒ殿下は最近、ローズマリー嬢と一緒にいるところを見ませんわね」
スカラネットは気を取り直して更に攻撃をしてきた。彼女は初めて会った時から私のことが気に入らないらしい。エヴァン殿下に気があるのだろう。だから彼と親しい私が気に食わないようだ。
いい迷惑ではある。
エインリッヒとローズマリーのことがなければ私だって好き好んで彼に近づいたりはしない。あんな面倒な存在に。
「このままでは捨てられてしまうのではないですか?いくら公爵家の養女といえど元平民。やはり殿下とは釣り合いませんもの」
だけど私は公爵令嬢。下手に攻撃できないから私ではなく元平民のローズマリーを攻撃することで遠回しに私へ攻撃しているのだろう。
ローズマリーの教育不足や平民を貴族に入れるなんて頭がおかしいと。





