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「お食事の準備ができました」
「?」
ローズマリーとエインリッヒの婚約が決まり、ヴァイオレット公爵家ではローズマリーの為の家庭教師が呼ばれるようになった。
発表こそされていないがローズマリーがエインリッヒの婚約者であることは確定しているので彼女には護衛騎士が数名つけられている。
王宮から寄越された護衛騎士数名と侍女がローズマリーに常にくっついている形だ。
ローズマリーはお姫様になった気分だと浮かれ、アマリリスは王宮の気づかいに感動していたけど私から見たら気づかいではなく監視だ。
そんなことにも気づかずに浮かれているなんて幸せな奴ら。
私は私の安寧が脅かされないのなら良いと放置することにしたけど、どうもそうではなくなった。
頼んでもいないのに侍女が私の部屋に朝食を持ってきたのだ。
しかも許可もしてないのに我が物顔でずかずかと部屋に入って来た。
ブルースを害して以来、私は大人しくしていたからそのせいだろう。
人間というのは本当に面倒な生き物だ。
「許可もなく部屋に入るな。それと食事を部屋で摂るなんて一言も言ってないけど」
「ローズマリー様のご命令です」
「お前の主はローズマリーか?それともヴァイオレット公爵家か?」
侍女は何を分かりきったことをと言いたげな顔をしているが彼女の行動が矛盾しているから聞いているのだ。そんなことも分からないなんて。
「ヴァイオレット公爵家ですが」
「では、なぜローズマリーの命令で動いている?」
「それは」
漸く自分の過ちに気づいたようだ。だから何だという話だが。
しかも‥…。
私は彼女がテーブルに置いた食事を見た。
具のない薄い色のスープに見るからにぱさぱさのパンが一つ。
これが貴族令嬢の摂る朝食か?平民だってもっとましな食事をしているけど。
「それは何だ?」
私の視線に気づいた侍女は気まずそうに黙り込む。答えられないのならしなければ良いのに。
「どうした?お前が食事だと言って運んできたものだが。なぜ答えない?もう一度聞く。それは何だ?」
「‥…お食事です」
「誰の?」
「お嬢様の」
「そうか」
私はテーブルに近づき、スープの入った皿を手に取る。たったそれだけの行為で許されたと勘違いをしたのか侍女はほっと胸を撫で下ろした。
許すわけないだろう。
「きゃあっ」
私は持っていた皿を侍女に投げつけた。まだ温かいスープが侍女の顔にかかる。皿は侍女の額に当たり、床に落ちた。
「侍女マリン、誰の差し金でこのような愚行を犯す?」
「あっあっ」
殺気を少し滲ませてわざとゆっくり近づいた。
彼女は子鹿のように震え、意味のない言葉ばかりを口から漏らす。
「答えないのは、首謀者がいないからか?お前が自ら考え実行したとそういうことか?もし、そうならば」
「うっ」
恐怖のあまり座りこんでしまった侍女の前髪をわしづかみにする。
「お前はどのような罰を望む?」
「‥‥リー様です。ローズマリー様の命令です」
「そうか。では彼女と母アマリリスを呼んで来い」
「はっはいぃっ」
侍女は逃げるように私の部屋から飛び出した。
「他愛無い」