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「君に義妹のことを聞いておきたくてね。どういう子かな?」
「それ、私に聞く意味ありますか?」
エヴァンは無言で私に先を促す。
「義妹が気に入らないから、婚約を破棄させるようにする為に或いは王家との繋がりを持たせるために嘘の情報を与える可能性だってありますよね」
いい印象も悪い印象も与えることができるのだ。
「君はそれほど愚かではないでしょう」
にっこりと笑って言う彼は確信をしているようだった。この前のお茶会が初対面だ。私のこと何も知らないくせにどうしてそうまで言い切れる?
気に入らない。
「義妹のことは私に直接聞かなくても自ずと分かってくるはずです。今、聞くべきことではないと思います」
「対処は早い方がいいでしょう」
ローズマリーのことはあくまでついでだ。
目的は他にある。
私にローズマリーのことを聞く必要はないのだ。与えられた情報が正しいとは限らない。
そんな不確かな情報に何の意味がある。
人となりなんて今からでも観察して十分分かっていけるだろう。対処はそれからでも遅くはないはずだ。
彼は私に用があると言っていた。
目的は私に会うこと?
知りたいのは私の人となり?
違う。私に会ったという事実。
馬車が向かっている先は王城。
ヴァイオレット公爵家はエインリッヒ王子派に取りこまれたわけではないと知らしめるため。
貴族たちはまだ様子見の段階で完全に派閥ができているわけではない。ここで財力のあるヴァイオレット公爵家がエインリッヒだけと親しくしているとそれがきっかけで派閥ができる可能性だってある。
財力目的で近づいてくる貴族だっているだろう。
「思考は終わったかな?」
頃合いを見計らってエヴァンが声をかける。彼の笑顔は普通の令嬢ならときめくような素敵なものなのだろうけど私から見たら胡散臭いだけだ。
「エヴァン殿下の目的はあなたと私が一緒にいるところを多くの者に目撃させることですね。ヴァイオレット公爵家がエインリッヒ王子派に取りこまれたわけではないと貴族間で派閥を作るのはまだ早いと知らしめるために」
「やはり君は賢いね。お茶会で会った時に君だけは他の令嬢と違っていた。君の目は何も知らない箱入りの令嬢とは違う。まるで人殺しの目だ。だからとても違和感があったんだ。最初はね、側妃側の人間が俺を殺す為に送り込んだ刺客かと思ったんだよ」
そうか。同業者(前世の)と相対することが多いから彼らの雰囲気と私の雰囲気が酷似していることに気づいたのか。
上手く令嬢になりすましていてもそういうのって誤魔化しがきかないから。
「私は普通の令嬢ですよ」
「‥…そこを断言できちゃうのって、君もある意味世間知らずだよね。まぁ、いいや。付き合ってもらうよ」
「私にメリットってありますか?」
「普通の令嬢は王族と関係を持ちたがるものだよ」
「それはメリットがあるからでしょう。私にはありません。王位争いなんて面倒事に巻き込まれたくはないんです」
「それで家出ね。極端だね」
「そうでもないでしょう。私は愚妹や母に反対しました。その時点で義理は果たしています。後は滅びるも栄えるも彼女たちの自由。そこまで付き合ってあげる義理はありません。それに今のままでは滅びる。没落貴族になるのとそうなる前に平民に身を隠して生活の基盤を築くのでは後者の方が合理的です。前者は場合によって処罰されますから」
「君に一つ教えておくと普通の令嬢は平民の暮らしなんてできない。一人で着替えすらもできないんだよ。それが貴族の令嬢だ。令嬢になりすまして生きていくつもりなら覚えておくことだ。それとメリットだけど、万が一の場合は君だけは処罰を免れるように手を回してあげよう。全てがすんだ後、平穏に暮らせるように十分な報酬も与えるよ。どうかな?」
『なりすまして生きる』
なんてまるで私が偽物の令嬢だと言われているようで腑に落ちない。
でも前世暗殺者でも現世では本当にただの令嬢として生きているから探られて痛い腹はないし、問題ないだろう。誰が前世は暗殺者ですと言って信じる?
頭がいかれていると病院送りにされるだけだ。
彼の提案だけど、確かにこのまま家出をしても行く当てがあるわけではない。住み込みで働ける場所を探すか、再び暗殺者として生きるかだ。
話に乗った方がリスクはあるけど食うに困らないだけの報酬も約束された平穏な暮らしもある。
仕方がない。少し頑張るか。
「誓約書の作成を求めます」
「交渉成立だね」





