第六話 お気に入り
少女の名前を決めるための話し合い。
それは予想していた結末だが難航した。
あれがいいだの、こっちの方が女の子らしく可愛らしいだの。
主に麻音と時鬼が言い合いをしている。
各々の方向性との違いというか、音楽性の違いというか。
麻音はかわいらしさを、時鬼は社会に出ても問題のないような適切な名前をと両者の意見が対立していた。
色々な名前は出てくるのだが、少女が何も言わないので二人の議論は激化している。
互いの出した名前の問題を叩きつけ、だったらこっちの方が良いだろうと話が戻る。
一歩進んで二歩下がる。
言ってしまえば、話し合いは進まなかった。
「今までの中で良さそうなのあったか?」
俺が話しに入っても、黙っててと言われるだけなので少女に話しかける。
決して自分が暇になって、どうにか話し合いに参加しようとした結果というわけではないぞ。
「いえ……あまり……」
「ふーん。まあ、そうだよな」
俺もコイツらの名前を聞いていて、ピンとくるものは一つもなかった。
俺にもこの少女にも認められないとは、コイツらを連れてきたのはミスだったな。このままだと食費が増えるだけだ。
「星が気に入ったんだろ……ん-」
「いえ、別に難しいのなら─────」
「難しい? 任せろ! 俺は名前を考えるのは得意だからな!」
そう、俺は名前を考えるのは得意だったのだ!
今思い出した。やっぱり俺は名付けが得意だった気がする。
探偵業よりも、名付けを望む人が多くて毎日大変だった気がしてきた。
俺、探偵じゃなかったかも。
「星……星……」
星っぽい名前か……。
そういえば星って、星座って言う手段もあるのか……。
星座なら良い名前になりそうじゃないか。
思い立ったが吉日だ!
俺は立ち上がり、本棚から一冊の本と手に取った。
それは天文学があーだこーだと時鬼に言われて買った本だが、星座の部分だけ読んだ本だ。それ以外はよく分からなかった。
討論をBGMにしながら、パラララとページをめくっていく。
星座の見出しを探して、次へ次へと進んでいくとやっと目的のページにたどり着く。
天文学の本は無駄に分厚くて嫌いだ。
星座の本だけ買えば良かったと、改めて後悔している。
「星座……星座……よさげな星座……」
いくつの並ぶ星座の名前やら、その星座を構成する星の名前やらの情報が一気に入ってくる。
それを全てその辺に捨てながら、読み進めていくと、ある名前が目にとまった。
シリウス……。
どうやら「光り輝くもの」「焼き焦がすもの」という意味があるらしい。
焼き焦がすものと言うのは少し物騒なので、無かったことにするとして光り輝くものというのは良い言葉じゃないか?
今の少女は少し暗い。
にこやかに笑うということとはかけ離れており、引っ込み思案なところがある。
そんな彼女が「光り輝く」ように笑い、楽しんで欲しい。
そう言った意味で名付ければ、良い名前じゃないか?
さすがに星座で漢字を羅列するのは、重々しい感じがする。
カタカナでシリウスと言ってしまった方がかっこいいし、意味もよく伝わるはずだ。
単純明快で、今後の少女に幸せを願った名前。
さすが名付けの天才だな。
素晴らしい名前を思いついた。
さっそくこの名前を伝えようと、俺は少女の横に座る。
突然現れた俺に、少女は目を丸くしてこちらを見ていた。
「良い名前を思いついたぞ」
「え?どんなのですか?」
「シリウス。光り輝くものって意味らしい」
「光り輝く? 私なんかが、そんな名前をもらうなんて……」
「そんなこと気にすんな。少なくとも、ついさっきの笑顔はとても良かったぜ」
すると、少女は顔を赤らめて俯いてしまった。
あまり良くなかっただろうか……。
麻音や時鬼もこうやって、未だに話し合ってるもんな。
簡単には決まらないか。と、俺が次の名前を考えようとすると少女は顔を上げた。
「良い名前ですね。それにします」
「え?」
「「え!?」」
なんとなくと言ったら適当に決めた名前みたいだが、俺がふと思った名前が採用された。
二人が激論を繰り広げていた裏で、名前が勝手に決まる。
あまりに唐突な決定に、麻音も時鬼もアホみたいな顔してこっちを見ている。
ちょっと面白いと思ったのは内緒だ。
「ホントにそんな名前で良いの!? コイツが考えて名前よ!」
「コイツって失礼だな」
「そうですよ! どんな裏があるか分かりませんよ!」
「何もねえよ」
コイツら俺がどんな奴だと思ってるんだよ。
俺だって彼女の希望を聞いて真面目に考えたんだぞ。
国家公認名付け師としてな。
申請とかした記憶はないけど。たぶん、公認してくれるだろ。
「その……大丈夫です。気に入ったので……」
「まあ、貴方がそう言うのなら何も言わないけど……」
「僕も、本人が了承しているのならこれ以上言う事はありませんが……」
二人とも、シリウスが気に入っているから渋々みたいな言い方だな。
こんなに嬉しそうなのに、何の問題があるんだか。
「じゃあ、よろしくな。シリウス」
「はい、よろしくお願いします」
俺は右手を出し、彼女も右手を出す。
暑い握手を交わして、これにて正式に彼女は『シリウス』という名前を手に入れ、同居人となった。
初めて出会った少女と。
初めて出会った日に。
初めての同居人となる。