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第一話 おいしい依頼の裏には特になにもない

「寝みぃな。もうちょっと寝ようかな」


 ある施設を飛び出してから約二年、俺───『波木淳平』───は、探偵事務所を開き生活している。

 何も考えずに外に出て、何か得意なことがあるわけでも興味があることもなかったので、取りあえず楽して金を稼げそうな探偵になったのは良いものの、依頼が来ないせいで金が入らないので、絶賛金欠中だ。


 こんなんだったら、探偵をやらなきゃ良かったと何度思ったか。

 でも、ここの事務所兼住居を快く貸してくれたじいさんに恩を仇で返すような真似はしたいない。


 今まで達成した依頼金でちょくちょく家賃は返せているが、今のところ滞納した家賃は今月で五ヶ月になってしまう。

 ここ最近、憲兵が優秀なせいで依頼が来ないので、憲兵の事務所をぶっ潰す計画を立てたが、資金不足で何も準備ができず頓挫した。


 今の俺には、憲兵を潰す計画よりも明日の飯が欲しい。

 三度の飯より、一度の飯だ。


 ん?

 これどういう意味だ?


 とまあ、回転椅子でグルグル回りながら俺はそんな事を考えているわけだが。

 この辺りにライバルになりそうな探偵事務所があるわけでもないのに、ここまで依頼がないもんなのだろうか。


 約二年やって、依頼の大半が猫や犬の捜索って……。

 全部できてるから良いが、一つ一つの金額が少ないので本音を言えばもっと大きな仕事を持ってきて欲しい。


 なんなら、この街を救う依頼をアナタにお願いします!っていわれても了承してやる程度には依頼がない。

 ああ、イライラしてきた。


 苛立ちを押えるために俺は机の上に置かれているたばこの箱を手に取る。

 が、その箱の異様なまでの軽さに違和感を覚える。


 考えなくても分かる。

 俺の探偵の脳みそが、俺にひしひしと言いたいことを伝えている。


「空じゃねえか!!! ふざけんなよ! 金がねえのにたばこもねえか!!!」


 空っぽになったたばこの箱をぶん投げながら、俺はキレる。

 この苛立ちを押えるために手を伸ばしたのに、さらに苛立ちが増した。


 たばこ買いに行くか……?

 そう思って、ポケットに手を突っ込み何かを握り机の上に散らす。


「クシャクシャになったティッシュ、無駄に小さな輪ゴム、いつかのコンビニでもらったつうまようじ、去年拾った蝉の抜け殻」


 何もねえじゃん……。

 しかも、金じゃねえじゃん。そして金になる物もねえじゃん。


 やっぱ、何もねえじゃん。

 ええ……。


「今月が俺の最後か……良いとは言えない人生だったけど─────いや! 良いとは言えないからまだ生きる!」


 取りあえず、アイツに金を借りに行こう。

 今回で大体23回目ぐらいだけど、たぶん貸してくれるだろう。利子もないし、やっぱり持つべきものは友達だわ。


 いつか俺が出世したときにでも返してやれば喜ぶだろ。

 名探偵の友人という素晴らしい称号がもらえるんだ。借金をチャラにだってしてくるはずだ。


 そう思い、俺は机の上に出した物をポケットにもう一度戻してから立ち上がる。

 力強く、新卒社会人のようにバカみたいに将来に希望を抱いているみたいな顔しながら。


 しかし、そんな俺の意志をへし折るかの如く、勢いよく扉が開かれた。

 金具の一部が飛んだように見えた。


「淳平さん! 私のキャロちゃんがまた逃げましたわ! 依頼料は以前の二倍出します! 急いで見つけて頂戴!!!」


「前の……二倍だと……」


 前の値段の二倍だと……前の料金の1が、2になるのか……!

 うん?3だったかな。


 まあいいや。

 全く常連さんは運が良いな。もしも俺の腹の虫が悪いときに話しかけていたら、断られて大変困っただろう。


 でも、今の俺はとても気分が良い!

 過去最大に気分が良く、キャロちゃんを見つける上で適している存在だ!


「お任せください!見つけ次第ご自宅に向かいます!」


「ええ、お願い。あ、これ前金ね」


 といって、彼女は万札を数枚置いて帰っていった。

 やっぱり、金持ちが金のかけ方が分かっていて良いね。大切なペットのために俺に金を与えてくれる。


「やったぜ」


 机に置かれたお札を大切に数えながら、俺も事務所を出る。

 あの猫がどこにいるかなんて、全く分からないし、猫の事なんて興味もへったくれもないけど、なんとなくで見つかるからペット探しほど簡単なもんはないな。


 気分の赴くままに進めば、基本的に目標人物……いや、この場合は目標動物?

 そんな感じのペットがいるんだ。きっとペットの奴らも俺の素直なところを見習っているんだろう。


 事務所の入っているビルの階段を降り、通りに出る。

 眩しい太陽の光が俺の目を照らし、無数の自動車がブンブンとエンジンを働かせて走っている。


「さあて、今日はどっちに行こうかな」


 適当に目的地を決めて、俺は歩き出す。

 いつもこれで見つかるし、これ以外やったことない。


 適当に歩いていれば見つかる。

 探偵はやっぱり楽だよな。俺、この仕事してて良かったわ



               ☆☆☆



「1、2、3、4、5,6枚。これが二倍か分かんねえけど、大金がもらえたぜ!」


 これならピザとか頼んで奮発してもどうにかなるんじゃねえの!

 寿司も食ってみたいな。海の魚は美味しいのか?


 今日の夕食に胸を膨らませつつ、スキップしながら歩いているといつの間にか事務所のビルに着いていた。

 常連さんの家からビルまではそれなりに距離があったはずだけど、案外速かった。


「何を頼もうか─────ん?」


 階段を上ると、足を上げて一段目を踏もうとしたとき。

 足に柔らかな感覚を感じた。クッションよりかは中がしっかりとしており、べちゃっと潰れてしまいような感じではなかった。


 万札を掲げていたせいで上を向いていた視線を、下に移す。


「─────ッ!!!!!」


 そこには白髪の女の子が、すうすうと気持ち良さそうな寝息を立てていた。

 ただのビルの二階へ昇るための階段に、まるでここは私の寝床と言わんばかりに占領しながら夢の世界へと誘われている。


「取りあえず……おーい。大丈夫か」


 と、ここに残しても憲兵が来て誘拐を疑われかねないので少女に話しかける。

 こんな夜に歩いていたら、危ないだろ。この世界は案外厳しいんだぞ。


 俺が、揺すりながら声をかけると、少女は「うーむ、うーん?」と言いながら、瞳を開けた。

 その瞳は寝起きのせいか焦点が合っておらず、視線が泳いでいるような動きを見せた。



「だいじょ─────



「嫌!!!!!!!」



 と少女が拒絶反応を見せた途端。

 俺は目の前で爆弾でも爆発したような衝撃を受けた。


 顔面の皮が焼き切れ、眼球から骨まで残っていない。

 そう感じる程度には圧倒的な破壊力を持っていたし、その衝撃によって俺が意識を取り戻すのはその爆発の直後ではなく、次の日の早朝だった。


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