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第十一話 愛情

 まさか二日連続で意識を失うことによって夜を越すとは思わなかった。

 というか、まさかこんな睡眠方法で寝ることになると言う事を誰が予測できるか?


 まあ、俺は出来てたけどね。

 探偵だからな。先が見えるんだ。


 そんな俺も、シリウスのためだ。身を犠牲にしてどうにかあの惨状の直前のような現場を押さえ込んだ。

 シリウスの行動を予測することによって、最悪の結末を回避して見せたのだ。


 そして、気を失っていた俺は目を覚ます。

 俺の目を覚ましたのはいつも設定していた目覚ましでも、鳥のさえずりでも、外のバイクの爆音でもない。


 トイレで胃の中の物をひっくり返している麻音の声───いや、音と言った方が正しいか。

 それによって、目を覚ますことになった。


 心境で言えば最悪だ。

 誰が人の吐しゃ物の音を目覚ましにしたいだろうか。


 少なくとも俺は嫌だね。

 心の底から嫌だ。こんなんだったら、その辺を張っている茶色の虫が顔に飛びついた方がマシだ。


 ……。

 ……いや、冗談だ。


 さすがに無理。

 アレの顔面ショットは二度寝をする自信がある。


「……ん。シリウスはどこだ」


 地獄の目覚めの跡に、酷い想像をして精神が磨り減った俺は、体を起こす。

 それと同時に、シリウスがどこにもいないことを認識した。


 優しい彼女の事だ、俺を起こしてくれてもおかしくない。

 なのに、シリウスがどこにもいない。


「シリウス! どこに行った!」


 俺は心臓の鼓動が速くなるのを感じ、ついとっさにシリウスの名前を叫んでしまった。

 しかし、返事は聞こえない。


 あれほど危機的状況であろうと、返事をしたシリウスが返事をしない。

 俺の心臓の鼓動は限界を超えようとする。ドクドクドクと頭に鼓動が響き渡る。



「シリウ──────」


「き、気持ち悪い。シリウスちゃんも付き合わせちゃってごめんなさいね」


「いえ、お気になさらず」


 もう一度名前を呼ぼうとしたその時、トイレから麻音とシリウスが出てきた。

 魂が吸い取られてそうな顔をした麻音と、困ったように笑うシリウス。


 そう言うことか……。

 シリウスは返事をしなかったんじゃない。返事が出来ない、返事をする必要があると理解できない場にいたのだ。


 あんな二日酔いの奴を激臭がするであろうトイレでしていたのだ。

 可哀想に……。


 シリウスへの同情の気持ちが湧く一方で、ふつふつと違う感情が湧く。

 あれほどかわいいシリウスに、恐ろしい苦行をさせた麻音への。怒りが湧く。


「シリウスに─────」


「え?」


「なにしとんじゃああああああああああ!!!!!!!!」


 圧倒的跳躍と、寝起きながらもあまりに余った力を使い地面を蹴る。

 そして、その勢いと俺の体重を使っての加速。


 優しさはないし、情もない。

 わき上がった怒りをそのままぶつける。


 それは麻音の顔にぶつかり、彼女の顔を変形させながら吹き飛ばす。

 俺と共に、彼女は鍵のかかっていない扉にぶつかり廊下へと出て行く。


「ふん! どうだ!」


 そう。

 そうなるはずだった。


 俺の予定では、その結果から麻音が俺を見直すまでが今回の朝の出来事だったのだ。

 その後、麻音が帰った後に朝食にありつく予定だったのに……。


 悲しきかな。

 麻音は俺よりも強い。対人戦闘において、彼女を凌駕する存在を俺は知らない。


「遅いわね」


 吐き捨てるように彼女は口にする。

 蹴りを入れた俺の足を掴み、彼女はぐるりと回り俺だけを投げ飛ばした。


 俺の想定した事と反対の事が起きた。または、立場が逆転したとでも思っていただければ十分だ。

 鍵の壊れた扉から投げ飛ばされる俺……。視界の奥では、麻音が俺の方を見て高笑いをしている。


 そんな悲しい俺の元に、シリウスは心配そうな顔をしてやってくる。

 本当に、かわいい子だよ……。


「だ、大丈夫ですか。淳平さん!」


「うぅ、これは、ダメだ」


「え!?」


「シリウス、もっと近づいて」


「? 分かりました」


 俺の発言に対して一度首をかしげたシリウスだったが、俺の言う事を聞いて体をこちらに近づける。

 その隙を見逃さず、俺はすぐさまシリウスを抱き寄せた。


 ああ、麻音によって負った傷が全て回復していく気がする。

 回復魔法を唱えられた勇者はこんな気分だろうか。良い物だな。


 体中から痛みという痛みが消えて、幸福感に満たされていく。

 俺、このために今まで生きてたのかもしれない。


 いや、間違いなくそうだ。

 俺が間違えるはずない。俺はこのために今まで生きてたんだ。


「え! ちょ、淳平さん……その……」


 唐突に抱きつかれ、シリウスは顔を真っ赤に染める。

 それはもうリンゴのように顔は赤く、倒れかけのコマのように視線がグルグルと回っていた。


 さすがに急すぎたようだ。

 後ろで、麻音がこの世の物とは思えない罵詈雑言を俺に飛ばしているが、そんなのは気にならない。


 この幸福感と、シリウスの顔が目の前にあるだけで俺は幸せだ。

 生きていたことに、この世の全てに感謝すら出来る。


 ピザよありがとう。服屋よありがとう。

 麻音は……うーん。まあ、ありがとう。


 茶色の虫よありが…………。

 いや、それはさすがに無理だわ。


 アイツが俺の脳内を駆け巡ったことにより、一気に冷静さを取り戻した。

 いつまでもシリウスを抱きしめているわけにもいかないよな。


 餌を求める鯉のように口をパクパクとしている。

 とてつもなくかわいいが、さすがに可哀想だ。


 そう思い、手の力が緩まったとき。

 俺の腹が鳴った。朝食を未だにとっておらず、腹が限界を迎えたことを俺に知らせる。


 刹那、俺の目の前にいたシリウスはすぐさまいなくなった。

 目の前から、少し前へと逃げてしまったのだ。


「ご、ご飯の準備してきます!!!!」


 ああ、嫌われてしまっただろうか……。

 それは嫌だな。


 全く思っていないことを心に浮かべながら、俺は立ち上がる。

 その体に、痛みはやはりなかった。

 ここまで見ていただきありがとうございました。

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 それではまた次のお話で会いましょう。

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