第十話 酒乱襲来
「な、なんですかこれ」
シリウスが不安そうな声で、そう聞いてきた。
服は大事そうに肌身離さず握っている。
「ただ今日買った服を見てみようってだけだよ。別に変な事はしないから」
「そ……そうですか……」
説明こそしたが、シリウスの不安そうな瞳が変化することはなかった。
まあ、やっていけば段々楽しくなってくるだろ。
「じゃあ、見えない所……トイレにでも行って─────」
その時、ギシギシという不気味な音が部屋に響きわたる。
それはゆっくりとゆっくりと大きくなり、ピタッと止まった。
それと同時に、俺の部屋の扉がノックされる。
隣の部屋の扉ではない、俺の部屋の扉が確実にノックされた。
「シリウス。後ろの机に隠れてろ」
「は、はい」
シリウスに退避命令を出し、俺はゆっくりと扉に近づく。
こんな夜中に、しかもファッションショーを始めようとしたタイミングで来やがった。
いや、来やがったという表現は少し違うな。
来やがったと言うよりも、現れてしまったという感じだ。
それは大家よりも恐ろしいそれ。
大家は夜すぐ寝るので、基本的に夜は来ないからありえない。
そして、今までで夜の来訪者は決まって彼女だった。
居酒屋で酒を飲み、家が近いからとやってくる。
「誰もいませーん」
試しに室内に誰もないことを伝えてみる。
これで帰ってくれ……。
「ん~誰もいない部屋から、返事が聞こえてくるはずないで─────ッしょ!!!!」
堅牢な俺の城の扉がたった一人の人間によってぶち壊される。
閉めていた鍵が無理矢理壊され、扉が目にもとまらぬ速さで開く。
「来たな……酒乱の麻音ッ!」
一定の確率で夜の俺の部屋にやってくる酒乱の麻音。
酒で酔ったことにより理性が働かず、その対人戦闘技術を周囲へぶつける。
無条件に、無作為に、無神経にそれはやってくる。
酒乱の麻音はこの世のどんな物よりも恐ろしいと言える。
「酒乱って、ひどくな~い。ちょっとお酒飲んだだけじゃない」
「ちょっとって、お前どれだけ飲んだ。缶ビール一杯か」
「ちょっとよ、ちょっと。ちょっとウイスキー三本開けただけ」
え、ウイスキーってそんな飲み会の生ビールみたいな感覚で三本も開けるような奴だったっけ?
あれたしか結構度数高くなかった?
酒は飲まんからよく分からん。
酒を買う金があったら家賃を払ってくれ。ちなみにたばこは別だ。
「絶対に飲み過ぎだ! 今すぐ家に帰れ!」
「帰れって失礼じゃな~い、それにシリウスちゃんに私は会いに来たのよ。シリウスちゃ~ん」
そんな危ない奴にシリウスを会わせられるか。
酔った麻音なんて何をするか分かったもんじゃない。
将棋をする機械が例え八億手先を見えたとしても、麻音の次の行動は読めないさ。
考えるよりも感じる派の人間の思考は、理解しようとしたところで無駄だ。
それにしてもシリウスを机に隠して置いて良かった。
もしそのままにしてたら、間違いなく見つかって─────
「は、はい!ここにいます」
しかし、シリウスは俺の安堵をぶち壊すような行為をする。
ブルブルと震えながら、机の下から立ち上がってしまった。
うーん、良い子。
呼ばれたら大きな返事が出来る良い子だ。
……。
でも、今それしちゃだめ。
「シリウスちゃあああああああああああん!!!!!!!!」
「させるか!!」
対象物を見つけた麻音が、シリウス目掛けて飛ぶ。
何の予備動作もなく、僅かに地面を押すだけでガラスぐらいなら割れそうな勢いを持っている。
もしこの世に鬼がいるというのなら、間違いなく彼女の事だろう。
実は鬼の血を引く女性とか設定についていないだろうか。
酒を飲んだら正常な判断が出来なくなる代わりに、攻撃力が2倍になるとかという固有スキルとかない?
いや、これ絶対にあるでしょ。
そして、俺の思考から現場へと地の文は移行する。
麻音の前に立ちはだかった、勇気と無謀を間違えた俺を映し出す。
俺と麻音の体がぶつかる。
シリウスを捕まえように飛びかかろうとしたが、俺を掴んでしまった麻音はそのまま俺に抱きついた。
コイツ、もしかして酔ってて誰が誰だか分かってない?
考えてみればそうだよな。ウイスキー三本飲んできた人間だ、目の前なんて回転イスで回りまくった後みたいな視界に決まってる。そんな状況で、人が判断できるか。
できるわけがない。
そう、俺が結論づけた瞬間。
「アンタじゃない」
「え?」
その時、俺に体に雷鳴が駆け巡る。
ピリッと静電気が流れてなんて小さいことじゃない、それは天から落ちてくる落雷。
俺の事をしっかりとシリウスではないと認識した麻音は、抱きついたその腕の筋力を有り余るまで発揮した。
俺の体を縦断している背骨が─────曲がるッ!!!!
「イッッッッッ!!!!!!」
それは激痛なんて言葉では表現できない。
首からチューブを入れられ、背骨に溶岩を流されているようだ。
ぐりぐりと背骨が聞いたことのない音を出し、俺に苦痛を伝える。
やばいやばいやばいやばい。
普通に死ねる。
背骨が真っ二つは死んじゃう。
しかし、結論から言ってしまえば俺は死ななかった。
死ねなかったとか俺は実は不死身だったとかではなく、ある者によって俺の殺害が防がれたのだ。
まあ、そんなの一人しかない。
この空間で唯一、自由を許された者。
少女は、こちらに手を伸ばす。
今にも泣きそうな目をしながら、力一杯こちらに手を伸ばして……言った。
「嫌!!!!」
その時、一日ぶりの感覚が俺を襲った。
顔面が焼けるような感覚が
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それではまた次のお話で会いましょう。