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プロローグ

「はぁはぁ」


 漆黒に染まった森林には、一人の少女の呼吸音と無数の車の駆動音が響き渡る。

 夜によって訪れた暗闇を切り裂くような勢いで、車がライトを点灯させながら森林内を走る。


 乱雑に生えている木々を避けながら、獲物を仕留めようとする猟犬のように連携をとりながら、少女へと迫る。

 最初こそ僅かに、背中が見える程度だった距離はあっという間に縮まり、今では少女の前後左右を車が囲んでいる。


「速度は十キロを保て! 絶対に少女に傷を付けるなよ!」


 車内に着いているトランシーバーを片手に、リーダー格の男が他の車へ指示を飛ばす。

 その指示に対して、四つの返事が返された。


 男の指示通り、車は全て十キロを保ち続け、まるで鳥かごのように走る少女を囲み続けた。

 そして、少女が段々と遅くなるにつれて各車両の速度もそれに合わせて落ちていく。


 七キロが五キロに、また三キロに落ち、最終的には少女ともに車両は停止した。

 少女が大きく肩で息をしているが、彼女の呼吸音は未だに動いている車のエンジン音によってかき消されている。


「油断するな。フラッシュライトの点灯を許可、常に銃口を少女に向けておけ」


 各車両から、一人二人とアサルトライフルを携帯した男たちが現れる。

 その男たちはみな、車に囲まれた一人の少女に向けて命令通りに銃口を向けている。また、いつでも発砲できるように安全装置は解除され、引き金にも手を掛けていた。


 いざというときは、撃ち殺す。

 そのような雰囲気を男たちは纏っていた。


 車から全ての人間が降り、少女の周りを囲み終える。

 その様子を確認し、包囲に穴がないことを確認した男は、ゆっくりと少女に近寄る。


 絹のように白い髪が、フラッシュライトの光を浴びて美しく輝く。

 しかし、彼らにそんな髪に見惚れている余裕はない。


 獰猛な獣とでも対峙したかのように男は近づき、少女に話しかけた。

 声は恐怖からか僅かに揺れており、それを笑うかのように木々が揺れる。


「おとなしく捕まれ。そしたら、我々はお前に発砲することも、無用な暴力も振るわない」


 自分たちの無害さを提示し、黙って我々に捕縛されろと、男は少女に話す。

 男の話を、少女は聞いていないかのように黙り込む。


 顔をあげる事なくうつむき。

 ただ、はあはあと息をしている。


 はあはあ。

 はあはあ。


 と、男の話を。

 周囲に立つ銃を向けた人間を、意識すらせず呼吸を整えている。


「聞いているのか。手を出せ。そしたら、何事もなく終わる」


 自分の事を無視する少女に、男は少し苛立ちを感じるが、それをグッと押え会話を行う。

 やはり、無理矢理連れていくしかないのでは。という考えが、男の脳裏をよぎったとき。


 少女が、静かに両手を上げた。

 手錠がしやすいように両手首を合わせて、手をぐいっと男の方に突き出した。


 その行為に、男は心の底から安堵し、彼女に刺激を与えないように静かに手錠を取り出す。

 その視界にすら、手錠をギリギリまでうつしこまないようにゆっくりと、慎重に。


 目の前にいる少女が、おとなしく手錠をする様子を見て、囲っていた男たちも安心する。

 その心の緩みが現れ、銃が僅かに揺れた。耳を澄ましても聞こえるか分らない程度の音。


 銃からなる僅かな音と共に、少女がぽつりと何かを口にした。

 銃から溢れた音よりも小さな、言葉が彼女の口から、心から漏れた。


「い────」


「ん?」


「いや……。いや、いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」


「落ち着け、大丈夫だから、落ち着け。深呼吸をし────ッ!!!」


 男は、拒絶反応が激しく現れた彼女に落ち着けと訴えかけるが、その願いは非情にも無に帰した。

 ガサガサと、頬をなでるそよ風すらない中で木々が揺れる。いくつもの木の葉を散らし、まるで男たちを見て笑っているように音を奏でる。


 少女を囲んでいた男たちの鼓動が早くなる。

 焦りから、緊張から、恐怖からドクドクと心臓が鼓動を速める。


 しかし、男たちはそんな中でも誰一人動揺を表に出すことなく、変わらず少女に銃口を向け続けた、彼女を照らし、そこに存在していることを認識する。

 みなが慌てていない中、自分だけ慌てることはできない。と同調圧力が良い方に影響を及ぼしたのだ。


 しかし、それはあくまで人間が理性的に物事を判断できた場合の話である。

 本能的に考えると、同調圧力なんて所詮人間が作ったまがい物の感情の一端に過ぎない。


 木々の揺れが、まるで水紋のように広がる。

 木々の揺れだけではなく、周囲を囲ったいる車両のライトが点滅し、エンジンがかかったり切れたりする。


 無数の音が男たちの恐怖を煽り、無数の光が男たちの感情を揺さぶる。

 それは、人間が平常心を失うに申し分ない状況を作り出した。


「う、うおおおおおおおおおお」


 見えない何かを討ち滅ぼそうと、一人の男が発砲する。

 マガジンに含まれている弾数を気にすることなく、ただ恐怖を飛散させるためだけに銃を放つ。


 その瞬間、男たちの感情を抑えていた同調圧力が崩壊するより先に、ギリギリの状況で保っていた空間が崩壊する。

 破滅の一歩手前、どちらかといえば片足がもう地に着いていない状況だったこの空間は、ものの一瞬で恐怖と共に飛散した。


「やめ─────」



 ──────パシュ



 バスケットゴールにボールが綺麗に入ったときのような、小さな気持ちのよい音が聞こえた。

 心が癒やされるような、小さな小さな音が。


 暖かな日常は、常に冷ややかな現実の上に存在する。

 暖かな鮮血は、常に冷ややかな絶望の後に存在する。


 美しい景色は、常に何らかの力によって生まれる。

 残酷な惨状は、常に何らかの暴力によって生まれる。


 悲劇は、常に誰かの喜劇によって語り継がれる。

 無情な暴力は、常に誰かの力によって闇に葬られる。


 幼気の少女の周りにいた男たちは、まるで何かに押しつぶされたかのように平たくなった。

 形を失った。


「いやだ……いやだよぅ。死にたく……ないよぅ」


 一人悲しそうに泣く少女と、周囲に散った赤い鮮血と惨い肉塊。

 それは爆発的な芸術性を感じると共に、残酷としか言い表せないモノだった。


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