2話 魔剣
「う、ぐ……貴様、銀髪の悪魔のくせに」
「悪魔? 俺からすればお前の方がよっぽど悪魔だがな」
ん、ぐ……駄目だ。
僕がいくら体を制御しようと踏ん張った所で今体を操っているもう1つの意識は全く言う事を聞いてくれない。
「てめぇっ!!」
流石にこの状況をまずいと思ったのか、剣を握る客が僕の背後から切り掛かってきた。
躱さないと、と思ったけど体はやっぱり言う事を聞かない。
「あー言い忘れてたが、俺の本体を持ち続けると――」
「え? いっ! ……う、うぁぁぁああああああああ!!!」
「あーらら」
剣を持っていた客の絶叫が店内にこだます。
それもそのはず。
剣を持っていた手とそれを支えていた腕は急激に細く萎み、色もくすみ始めたのだ。
干し肉みたいになってしまった手では当然剣を持つ事が出来ず、剣はそのまま床に落ちてしまった。
「う、うぐああ、俺の、俺の腕が……お、お前、一体何をしやがった!!」
「ちょっと、血を吸ってやっただけだ。ただお前の持つ血の味じゃ、全然満たされないけどな」
よく見ると持ち手の部分にさっきまではなかった管のようなものが垂れているのが見えた。
おそらくだけど、剣を持ち続けているとあれが体に突き刺さり、寄生されたようになって血を吸い出されるのだと思う。
「あ、うぁ……」
客は顔を青ざめさせ、最早喋る事も出来ない。
このまま放っておけば間違いなく死んでしまう。
これは、一か八かだけど……。
『あの、お願いします。この人を助けてあげてください』
直接口から発する事は出来ないけど、さっきのアナウンスの様にもしかしたらもう1つの意識に僕の声が届くかもしれない、そう思って僕は縋るように助けを求めた。
きっともう一つの意識はこの剣によるもの。
だったらさっき僕の体を治したみたいに剣の力でこの人を治す事も出来るかもしれない。
『……。はぁ。今度のご主人様は甘々の坊ちゃんか。こいつは難儀する事になりそうだ』
そうぼやきながらも僕の言う事を聞いてくれたのか、僕の体は店主から手を離し落ちていた剣を拾い上げた。
すると、剣から垂れる管はうねうねと動きながら客の腕に刺さり、萎んだ風船を膨らませみたいに腕を元に戻してゆく。
『再生で血のスタックが1つ減った、か』
『この人は助かったの?』
『ああ。それがご主人様の命令だったからな』
『はぁ……よか――』
「ひ、ひいいいぃぃぃぃぃ!!」
客の顔色が戻っていくのを見ながら剣の意識と頭の中で会話をしていると、床に落ちたままだった店主が情けない悲鳴を上げた。
「お前、まだ俺、この剣が欲しいか?」
「い、いらん!! そんな呪われた剣なんぞ!! 悪魔! お前は正真正銘の悪――」
取り乱す店主だったが、その声が途端に消えた。
自分で意図的に言葉を切ったというよりも、なにかに強制的に切られた様な唐突さ。
これは一体……。
『ご主人様は人殺しがお嫌いのようだからな。言の葉の楔。本当は詠唱を中断させる為の魔法だが、お仕置きにはちょうどいいだろ。ちなみに倒れたままの奴にも掛けたが、問題あったか?』
『……。ない、です』
やりすぎな気はするけど、今日の事が街に広まるのは避けたい……。
可哀想だけど、自業自得だと思ってもらおう。それに正直ちょっとすっとしたしね。
『はぁ、俺はもう疲れた。ご主人様の魔力量と純度は過去最高だが、まさかそれを使う為の魔力回路が錆びついるとはな。まぁ契約が成立してその錆を剥がせるだけの【維持魔力】を魔力回路に流せるようにもなった。。今後はしっかり魔法の練習もしてくれよ。全自動モードで俺が代わりに動いてやってもいいが、正直これするのしんどいし、血のスタックも勿体ない』
『その、その前にあなたは一体……。それに僕は魔法が使えないんじゃ――』
『ふぁ。すまんもう我慢が。おや、すみ……』
寝ちゃったよ。
まだ頭の中がぐちゃぐちゃで考えが纏まっていないっていうのに……。
「とにかくあんまりここに長居するのはまずい……。あっ! そういえば……」
僕は剣の代金である3ゴールドをカウンターに置き、そのまま店を後にするのだった。