唇亡びば歯寒し(3)
唇亡歯寒
唇亡びば歯寒し(戦国策より)
春秋時代の大国の分裂……
優れた二人の臣下が主君の為に頑張ります!
ぜひ、本文を読んでみてくださいね。
晋陽に戻ってきてしばらくたったころ、
張孟談は、趙襄子の命でまた、智伯の陣営まで出向くことになった。
和平交渉の為である。
しかし、誰も和平など成立するとは思っていない。
それでも張孟談はその役を引き受けた。彼は、頭が良く切れ、俗に言う天才であったが、その優秀さ故に自惚れが強かったのである。
皆の予想通り、交渉が上手くいくはずもなく、張孟談は門前払いされてしまう。
天幕の入口付近で兵に背中を押され、大きな音を立て転ぶ。
(痛たいな……くそっ。)
泥だらけになってしまった服をはらいながら、軍門に向かう。
(……どうせ奴らは死ぬ運命だ。今のうち勝利を噛み締めておけ)
腹の底がむかむかしていたものの、そう思うと奴らが大層得意気にえばりちっていたのが愉快で、笑顔が溢れてしまった。
その様子を見ていた男が一人いた。智伯の臣下、智過である。
彼は張孟談より随分若かったが、
年に見合わず、物事を冷静に判断できる秀才であった。あまりに真面目すぎる為に一部からは嫌悪されているが、智伯はそんな智過のことを気に入っていた。
「智伯様」
天幕に入ると、智伯は一人書物に目を通していた。
「やたら今日は訪問客が多いな。」
智伯は、ぎょろりとした目を一瞬むけ、日焼けした肌を引き上げて笑う。やせ細った智過の数倍はあるがたいは、彼の存在感に比例しているような気さえする。
「もしや、先ほどまで張孟談がいたのですか?」
「あぁ」
「はて、なんのお話をなさったのです?」
「和平だ。何度送ってきても意味がないものを…」
「智伯様、大変申し上げにくいことなのですが」
こう言うと、智伯は書物を置き、光る目で獲物を見つめるような顔をした。
「あの二国のことを信用してはなりません。何かがおかしい、必ず何かあるに違いありません。」
「理由は?」
「先ほど、私は、張孟談を見かけました。彼の顔は意気揚々とし、胸を張って歩いていたのです。智伯様に和平交渉をし、それを拒まれたならば、彼の様子はこのようであるはずがないのです。奴の打開策は、二国と手を結ぶことしかありません。」
「智過よ…、そんなことは有り得ない。私自身が、韓康子と魏宣子、二人と約束したのだ。趙を破り、奴らの土地を三分するとな。絶対に私を欺かない。非常に不快だ。お前はもうこの件を口に出すな。」
智過は、『はい』とは言わなかった。彼の主君は、野生の狼の如く…いやそれ以上の鬼神である。だが、それはあくまで戦場でのこと。自尊心が高く、自らの力を過信しているのだ。
智伯の傲慢さに苛立ちを覚えながらも、智過の足は二国の元へ向かっていた。
ありがとうございました。