チョコレートが伝える想い
これは、チョコレートを贈って想いを伝えるという、
そんな風習がまだ無い離島の、ある中年の男の話。
ここは、テレビも満足に映らないような、ある小さな離島。
外部から入ってくる情報が少なく、流行に取り残されていた。
お馴染みの、二月にチョコレートを渡すという風習も、まだない。
その中年の男は、島で小さなお菓子屋をやっていた。
しかし、島でのお菓子の売れ行きはいつも決まっていて、
あまり儲かってはいなかった。
だから、なんとかお菓子の売上を増やせないかと、考えていた。
そこで思いついたのが、二月にチョコレートを渡すという風習だった。
「チョコレートを贈って気持ちを伝えるなんて、
とても素晴らしいことだと思う。
口にしづらい好意を相手に伝えられるし、
あるいは、普段の感謝の気持ちを伝えたって良い。
私は、気持ちは言葉にしないと伝わらない、と思うから。
店の儲けよりも、島の人たちの助けになりたい。」
そうして、その中年の男のお菓子屋は、キャンペーンを始めることにした。
島のあちこちに、そのお菓子屋の広告が貼り出された。
「気持ちは言葉にしないと伝わらない。
好きな人や、お世話になっている人に、チョコレートを贈ろう。」
その広告は、すぐに島中の人たちに見られることになった。
しかし、島の人たちには、中々受け入れてもらえなかった。
「気持ちを言葉にするなんて、ちょっと恥ずかしいわ。」
「どうしてチョコレートじゃなきゃいけないんだ?」
「チョコレートなんかで、気持ちが伝わったりしないだろう。」
島の人達の反応は、そのようなものだった。
二月にチョコレートを贈って気持ちを伝える、というキャンペーン。
それが上手く行かず、その中年の男は頭を抱えていた。
「やっぱりこの島では、外の流行は受け入れてもらえないか。
何かいい方法は無いだろうか。」
そんなある日、その中年の男のところに、ある業者がやってきた。
その業者の男は、全身黒い服を着ていた。
その黒い業者の男は、うつむき加減で話し始めた。
「気持ちを伝えるチョコレートを売りたいんだろう・・?」
その中年の男は、その様子を不審に思いながら受け答えした。
「え、ええ、そうです。
島の外では、二月にチョコレートを贈る風習は定着してますし、
この島でも流行ると思うんです。
気持ちを言葉にして伝える手伝いになれば、と思いまして。」
それを聞いて、その黒い業者の男は、
持っていた黒い鞄から、小さな黒い箱を取り出して見せた。
「だったら、これを売り出してみたらどうだい・・?」
その中年の男は、黒い箱を受け取って中を見た。
黒い箱の中には、真っ黒なチョコレートが入っていた。
「・・・これは?」
「それは、想いを伝えるチョコレートだよ・・。
想いが、渡した相手に伝わる効果があるんだよ。」
「このチョコレートに、想いを伝える効果が?
そういう宣伝文句ではなく?」
「そうだよ・・。実際に効果があるんだ。
現に今、そのチョコレートを食べたくなっただろう?」
その中年の男は、黒い業者の男に言われて気がついた。
自分が、いつの間にかその黒いチョコレートを口にしていることに。
「あれ?私はいつの間に、このチョコレートを食べていたんだろう。」
「それはね、
そのチョコレートを食べて欲しいって想いが伝わったからさ・・。
想いでも言葉でも、このチョコレートに込められたものは、
相手に伝わっていくんだ。」
そう説明されて、その中年の男は黒いチョコレートの効果を実感した。
「すごい。
確かに今、私は無意識の内にこのチョコレートを食べていた。
これが、人に想いが伝わるということか。
このチョコレートだったら、島の人たちにも売れるはずだ。」
その中年の男は早速、その黒いチョコレートを売り出すことにした。
気持ちを伝える黒いチョコレートは、
またたく間に島の人たちの間に広まっていった。
「好きです!わたしの気持ち、受け取ってください!」
「いつもお世話になってるから、義理チョコをどうぞ。」
実際に効果があったという評判から、島中の人たちは、
黒いチョコレートを贈り合うようになっていった。
その中年の男が、黒いチョコレートを売り出してしばらく。
二月にチョコレートを贈って気持ちを伝えるという風習は、
すっかりその島に根付いていた。
毎年その時期になると、島では黒いチョコレートがたくさん売れた。
それに従って、その中年の男のお菓子屋は、
黒いチョコレートの儲けで、島で一番大きな店になっていた。
ある夜、その中年の男が左うちわで大笑いしていた。
「はっはっは!
良いことをするのは気持ちがいいなぁ。
チョコレートを贈ることで、島の人たちは気持ちを伝え合える。
私の店は儲かって、家族たちにいい生活をさせてやれる。
いい事だらけだ。」
しかし、その中年の男は気が付かなかったか、
あるいは見て見ぬ振りをしていたのか。
チョコレートを贈り合うようになって起きたことは、
良いことばかりではなかった。
気持ちを伝えるためのチョコレートは、贈らないほうが逆に不自然になり、
毎年食べきれないくらいの大量のチョコレートがやり取りされ、
それは段々と島の人たちの負担になっていった。
島のゴミ処理場。
普段はあまり物が無いその場所に、
黒いチョコレートの食べかすや、
そもそも全く食べられなかった黒いチョコレートが、たくさん送られていた。
その日、島のゴミ処理場に、人知れず変化が起こっていた。
集められた黒いチョコレートが、
込められた想いによって、人知れず動き始めていた。
捨てられた黒いチョコレートたちが、寄り集まってどんどん大きくなっていく。
そうして、ゴミ処理場の黒いチョコレートたちは、
山のような巨大な人の形になった。
そして、巨大な人の形になると、ゴミ処理場から出て歩き始めた。
ズシン・・ズシン・・と足音を響かせて向かう先、
それは、その中年の男のところだった。
「な、なんだ、この地響きは?」
巨人の足音に気がついたその中年の男が、左うちわのまま窓から外を見上げた。
そこには、ゴミ処理場で寄り集まって歩き始めた、
黒いチョコレートの巨人が立っていた。
「巨人!?いや、あれは何かの塊だ。
あれは・・私が売り出した黒いチョコレートか?何故それが私のところに。」
黒いチョコレートの巨人の口が、ゆっくりと開く。
すると、黒いチョコレートに込められた人々の想いが、
その中年の男に伝わっていった。
頭の中に、人々の声が響く。
「気持ちを伝えるどころか、
チョコレートを贈るのが義務になってしまったじゃないか。」
「俺だけ義理チョコも貰えないなんて、そんな悪意伝えられたくない!」
「何が、気持ちは言葉にしないと伝わらない、だ!余計なことしやがって。」
「どうせ自分の儲けのためにやっているんだろう。」
黒いチョコレートの巨人から伝わってきたのは、そんな恨み言だった。
その中年の男は、口から唾を飛ばしながら反論した。
「そ、そんなのは私のせいじゃない!
私は提案をしただけだ!
気持ちは言葉にしないと伝わらないのは、本当のことだろう!」
それを聞いた黒いチョコレートの巨人は、静かに口を閉じた。
口を閉じた黒いチョコレートの巨人が、大きな腕を振り上げる。
黒いチョコレートの巨人の口は閉じたまま、再び想いが伝わってくる。
「言葉にしない気持ちは本当に伝わらないのか、今から見せてやる。
これが、わたしたちの気持ちだ!」
そうして、黒いチョコレートの巨人の大きな腕が、
その中年の男の上に振り下ろされたのだった。
終わり。
人間関係が関わることは、一度定着させると簡単には無くせない。
善意が人の負担になることもある。
というようなことをテーマに、この話を作りました。
お読み頂きありがとうございました。