【峻:(18)爽:(15)】
ドアを開いた爽はかなり驚いている様子で目を見開き固まっていた。
まああれだけ雑な手の出され方をして放置したも同然な年上の俺が来たのだから当然といえば当然だろう、受け入れてもらおうだなんて思っても無かった。ここに来てどうしたかったのかなんて分からない。
俺にも分からないから一分と数秒、立ち尽くしたままだった。可哀想な年下のそいつは俺を見てどう対処しようかと迷っている様だった。
何をしてしまっているんだ。
ここに居たら自分にとっても相手にしても迷惑だろう。
やっと開かなかった口が動くようになり、謝罪と共に去ろうとした。
申し訳なかった。忘れてく、
「何でそんな顔してんすか…
……入って下さいよ」
れ。出そびれた声が情けなくそう動き力尽きた。
また予想外の事が起きている。
言葉を遮られる時はいつも何か革新的な事が起こる。
とりあえず礼を言って部屋に入る。
一人暮らしだからだろうか、ワンルームはやけに広く見えた。家具はどこに置いてきたんだ。
今そんな事を考えている場合でも無いのに、ぼーっと考えて腰をおろさせて貰った。
何から話せば良いのか。
爽はいつの間にかコーヒーを用意してくれていて、何も言わずに此方をじっと見つめている。
立場上、こいつに助けてもらう事も全てを打ち明ける事も出来ない。普段なら。
弟を傷付け、もう一人、最愛の弟が変わってしまった。
そんな状況下の俺の前には判断力など無いも同然だった。
全部、一から全てを話した。育ちの事も、親も弟も全て。
ついでに話すつもりの無かった爽に手を差し出してしまったあの日の事も、
口から流れ出るように、今まで取り繕いヘラヘラと笑った分の罰とばかりに話した。
その間、爽は飽きる素振りも見せずに黙って聞いてくれていた。思えばこいつも頼もしい顔付きになっていた。
話を終え、初めて正気に返った。
無関係な相手に感情をぶつけてしまう、人生二度目の同じ罪を重ねてしまった。
懺悔の言葉は何なら良いのか、そんな言い逃れを考えていた最中。
「…終わりですか。」
…。
「俺、口下手なんで上手く言葉は出ないです。下手に激励なんかもするつもり無いです。何なら殴って発散してくれて良いです」
殴る訳なんか無いだろう、頭で考えた瞬間、俺の手はあろうことか爽の胸を狙っていた。
乾いた空気音と同時に、拳を受け止める姿が見えた。受け止められて、しまった。
驚いた。
そこからの記憶が無いために全部謝る事も出来ない。
気が付いた時、疲労している自分に対して相手に傷が無かったのに安堵と驚きを抱いた。
何か言いたいのに口が動かず動揺していた事に気付いたのだろうか。爽は後ろを振り向いて口を開いた。
「そんな目しないで下さいよ。…殴って良いって言ったじゃないすか、死んでないんだから気にしないで下さい、あとこれ馬鹿にしてるつもりも無くてその、あの、……すみません」
そこで泣いた。
涙が静かに零れていった。人情に触れるとこんなにも脆くなってしまうものだろうか、
一息付いてから、しばらくの沈黙が場を満たした。
顔を上げられない俺に対峙し、尚追い出す素振りを見せない爽に驚いた。
一週間程、家に置いて貰った。
とは言っても爽は学校で俺は仕事、特段何があるという訳でも無く飯を食べ寝る場所を貰った。
年下の高校生にこんな所を見られた、という後悔や羞恥よりも安堵が心を占めていた。
あれから態度を変えない爽に感謝と一種の尊敬を抱いていた。敬語を止めさせ、気軽に話してくれと頼んだ。
一週間が経過した後礼を言い家に帰ろうとした時にも、引き留める事もせず哀れみもせず、只一言「無理だけはすんなよ」と吃りながら言われた。
これまで、一度でも、少しでも弱みを見られた相手は始末してきたものの今回だけは違った。
きっとまたここに来るだろうと確信し、短く返事をしてから帰路に着いた。
まあ、この予感は的中し年が経って爽が大人になってからもまだ話す仲になった。
勘だけは鋭い。




